本面頬は、朱色に染めた「ヤク」の毛の髭が特徴的な黒漆塗の総面です。様々な様式がある面頬の中でも、総面は現存する数が少ないため、非常に人気があります。ヤクとは、インドや中国などに生息するウシ科の動物。舶来品であるため、当時大変貴重であった素材です。
額には眉と皺が打ち出され、半頬(はんぼお:顔の半分、頬から顎にかけて覆う面具。古くは「頬当」と呼ばれた)は、折釘(おりくぎ:頭の部分を直角に折り曲げた釘)を用いた捻り留めで、額と繋げられています。
翁面である本面頬は、大きな鼻と隆起した頬、そして痩せた顎の面相が特徴。また、耳には六星の穴、顎下には汗流しのための穴を1点穿ち、顎脇には、緒便り(おだより:面頬の両頬と顎下に1個ずつ打たれた部分。兜に固定させるため、緒を絡めて用いた)の釘が打たれています。
さらには、両頬の緒便金(おだよりがね)は細長い1枚の板状となっており、これは「太刀除」(たちよけ)とも呼ばれ、通常は、鋲などで継ぎ目を固く接合する部位。しかし本面頬では、打ち出して形成しています。
黒漆塗の板物に紺糸素懸威(すがけおどし)、紫糸と朱糸で2段の菱綴(ひしとじ:X[エックス]字状に綴じていく技法)が施されているのは、「垂」(たれ)と称される喉から胸のあたりを保護する部位。
また、面頬本体と垂は、「絵韋」(えがわ:文様などを染めた鹿のなめし革)を用いた「蝙蝠付」(こうもりづけ:蝙蝠が羽を広げたような形状の革を、上下で綴じ付ける技法)で連結されており、面の裏側は朱漆塗です。
本面頬は、改造や修復などが一切見当たらず、紛うことなき優品であると認められます。