「刀 無銘 伝義景」を作刀した「義景」(よしかげ)は、古くは長船派(おさふねは)の名工「長義」(ちょうぎ)あるいは初代「兼光」(かねみつ)の門人であったとされてきました。しかし近年では同じ長船派の「近景」(ちかかげ)の門人であったとの見解もあり、その出自については、定かにはなっていません。
本刀は鎬造り(しのぎづくり)で庵棟(いおりむね)、中鋒/中切先(ちゅうきっさき)。彫物は表裏ともに樋先のやや下がった棒樋(ぼうひ)を搔通しており、茎(なかご)は大磨上となっています。板目肌(いためはだ)に地沸(じにえ)つき、地景(ちけい)がかすかに入った鍛えです。
表の刃文は湾れ調(のたれちょう)に丁子(ちょうじ)・互の目(ぐのめ)交じり、裏は丁子に尖り刃(とがりば)を交え、葉(よう)が入り、小沸がつきます。帽子(ぼうし)は乱込(みだれこみ)、先は小丸、掃掛け(はきかけ)です。
大磨上無銘ですが、身幅が広く反りは浅く、中鋒/切先が伸びて棒樋は樋先がやや下がるなど南北朝時代の造込みが見られ、同時代の義景の特色をよく示した傑出の1振であると言えます。昭和43年7月6日、重要刀剣に指定されました。