「国儔」は、日向国飫肥(ひゅうがのくにおび:現在の宮崎県日南市飫肥)出身で、「新刀の祖」と称される名工「堀川国広」(ほりかわくにひろ)の甥であったと伝わっています。
上京を果たして国広の門人となった国儔は、国広の代作を行なっただけではなく師範代も務め、越後守を受領しました。そして、後進の育成にも力を入れ、「大坂新刀の祖」として有名な名工「河内守国助」(かわちのかみくにすけ)、「和泉守国貞」(いずみのかみくにさだ)の指導にもあたっています。
国儔の作風は、堀川一派の中では最も穏やかで、本刀についても、直刃調に浅く湾れた(のたれた)刃文で、その特色をよく示しています。なお、本刀は、「日本美術刀剣保存協会」発行の「刀剣美術」2006年(平成18年)号の巻頭を飾った名品です。