「長船秀光」は、備前国(びぜんのくに:現在の岡山県東部)備前長船派の「小反り物」(こぞりもの)の代表的な刀工。江戸時代の刀剣評価書「懐宝剣尺」(かいほうけんじゃく)では、秀光自体が刀工として最上位の「最上大業物」(さいじょうおおわざもの)鍛冶だと讃えられています。
小反り物とは、備前長船の一派で、嫡流の「兼光」(かねみつ)や傍系の「元重」(もとしげ)、「長義」(ながよし/ちょうぎ)に属さない刀工群のこと。長船秀光は同銘刀工が4代にも及び、初代を建武(1334年)頃とし、応安(1368年)頃、至徳(1384年)頃、応永(1394年)頃と続きました。