村上もとかが剣道ブームを起こした代表作のキャラクター・夏木栄一郎。「岩手の虎」と呼ばれる剣道6段の剣客です。面打ち、諸手左面打ちを得意技とし、主人公の父親でもあります。(■村上もとかの刀剣キャラ① 面打ちが得意技・岩手人の夏木栄一郎より)
【JIN-仁-】で知られる村上もとか。初期作で岩手の剣道少年を主人公に描いた【六三四の剣】は日本に何度目かの剣道ブームを起こした金字塔です。その後も明治時代初頭の北海道を舞台に元・会津藩藩士の親子を【獣剣伝説】で描きます。方言や地方の描写にこだわったそれらの漫画には、東京を舞台にした漫画とは違う刀剣観が根底に流れています。
村上もとかは手塚治虫が主宰した青年漫画雑誌〔COM〕を読み、本格的に漫画家を志します。
望月あきら(代表作:【サインはV!】作画、【ゆうひが丘の総理大臣】など)、中島徳博(なかじまのりひろ:代表作【アストロ球団】など)のアシスタントを経て、自動車レーサー・浮谷東次郎(うきやとうじろう)を描いた【燃えて走れ】(1972年〔週刊少年ジャンプ〕連載)でデビューしました(岩崎呉夫[いわさきくれお]原作)。
その後、それまで描いてきた少年漫画雑誌から他誌に移ってレース物を描き続ける中で(【赤いペガサス】、【ドロファイター】)、剣道漫画【エーイ!剣道】(1978~1980年〔週刊少年サンデー増刊号〕連載)を発表します。
主人公は中学剣道日本一の実力を持つ五代剣道(ごだいけんどう)です。母親を亡くし、離れて暮らしていた父の住む瀬戸内海の島に引越し、文武両道の名門高校に転校します。転校先では剣道部に入部し、剣道に恋にと青春を謳歌していきます。
当時は柳沢きみお【翔んだカップル】人気から学園漫画がブームとなっていました。
第6回講談社漫画賞・少年部門受賞作の登山漫画【岳人列伝】を経て、村上もとかは剣道漫画【六三四の剣】(1981~1985年〔週刊少年サンデー〕連載)を発表します。
第29回小学館漫画賞・少年部門を受賞した同作は、連載終了の年にはテレビアニメ化、その翌年にはテレビゲーム化もされ、村上もとかの最初の代表作となります。
取材に基づく迫力ある剣道描写がなされた同作は、本格的剣道漫画の金字塔となり、何度目かの剣道ブームを生み出しました。
六三四の剣は岩手県が舞台です。村上もとかが本格的に剣道を描くうえで協力を求めた剣道経験者の在住地で、方言も取り入れられました。
主人公の少年の父・夏木栄一郎(なつきえいいちろう)は、「岩手の虎」と呼ばれる剣道6段の剣客です。積年のライバルが全日本剣道選手権大会に参加することを知ると、勝負に専念するため勤めていた岩手県警を退職するほど生真面目な性格です。
夏木栄一郎は、面打ち、諸手左面打ちを得意技としています。村上もとかは夏木栄一郎の面打ちの決まりを「パァン」の擬音とともに見開きで描きました。
夏木栄一郎のライバルは同じ剣道6段で、大学時代の先輩・東堂国彦(とうどうくにひこ)です。六三四の剣はこの東堂親子を描いた読み切り【修羅の剣】(1981年〔週刊少年サンデー〕掲載)に始まっています。
東堂国彦は、21歳で全日本大会を優勝した3人の最年少記録保持者のひとりです。現在は柳生新陰流の故郷・奈良の柳生に暮らし、自宅の道場の他に、実在する正木坂の剣道場を稽古場にしているとされます。
ひとり息子への厳しい指導に妻が身を挺するほどの剣の鬼で、山本忠次郎(やまもとちゅうじろう:神道無念流)と斎藤一(さいとうはじめ:新撰組3番隊組長)のエピソードに基づく、「もし、真に剣の極意に達することができれば―――」、「竹刀でも、真剣と同じように斬ることができる」と信じています。
東堂国彦は夏木栄一郎の活躍に刺激され、12年ぶりに全日本大会に出場し、2人は対戦することになります。
東堂国彦は突きを得意技としています。村上もとかは東堂国彦の突きの場面を「ドシュッ」の擬音とともに見開きで描き、夏木栄一郎の面打ちと対比させました。
夏木栄一郎の一子が夏木六三四(なつきむさし)です。生まれてすぐに父と、全日本女子剣道選手権大会優勝者で「岩手の鬼ユリ」と呼ばれた母のもとで剣道を学びます。
夏木六三四は、父親が東堂国彦との試合で命を落としたことで、東堂国彦を倒すこと、その息子・東堂修羅に勝つことを目標に成長していくのです。
夏木六三四は、上段の構えからの面打ちが得意技です。上段の構えは剣道の五行の構えにおいて火の構えとも称され、基本の中段の構えに対して攻撃向きとされます。
村上もとかは夏木六三四の上段の構えを「不動明王が炎の中で、大地に両足をふんばってどっしり立つ姿」とし、炎の世界に住み煩悩を断ち切る神・不動明王を背景に描きました。
夏木六四三のライバルが、東堂国彦の一子・東堂修羅(とうどうしゅら)です。奈良・興福寺に収蔵される阿修羅像を好むという父から修羅と名付けられました。
そんな東堂修羅は柳生で育ち、歴史・時代小説で何度も描かれてきた宮本武蔵VS柳生家の構図でもあります(吉川英治、五味康祐、山田風太郎など)。
東堂修羅は多彩な技を得意とし、巻き技、中段半身の構え、中段半身諸手の構えなどで夏木六三四と何度も相対していきます。中段半身諸手の構えは「うけてから攻撃にでる中段半身の構えとは違い、このまま即攻撃をしかけられる!」とされました。
村上もとかは東堂修羅の中段半身諸手の構えの背景に阿修羅を背景に描き、夏木六三四の不動明王と対比させました。
夏木六三四の剣について村上もとかは、柴田錬三郎【決闘者 宮本武蔵】から着想を得たと明かしています。
決闘者 宮本武蔵では、幼き頃に目の前で父親を殺された宮本武蔵がその敵の手で育てられ、敵を討ったのち全国に武者修行の旅に出ます。
六三四の剣では、夏木六三四の目の前で父・夏木栄一郎が東堂国彦との試合によって命を落とします。父を失わせた東堂国彦が夏木六三四を指導していく場面も描かれました。
また、夏木六三四が成長した高校生編では、宮本武蔵を崇拝する九州の離島の洞窟で暮らす老剣士・古沢兵衛(ふるさわひょうえ:二刀流)や、その古沢兵衛に学び逆二刀流を開眼する高校生・乾俊一(いぬいしゅんいち)も登場します。
村上もとかはその後、スポーツ物やF1物、マタギ物や少女物などを多彩に描いていきます(【風を抜け!】、【ヘヴィ】、【SIREN】、【獣剣伝説】、【NAGISA】など)。なかでも青年漫画雑誌に描いた【獣剣伝説(じゅうけんでんせつ)】(1988年〔ヤングサンデー〕連載)は刀剣が題材となりました。
物語の舞台は、明治時代初頭の北海道です。旧・会津藩士の檜原東吾(ひはらとうご)は、今は屯田兵となり刀を手に猟師をして暮らしています。狼にも刀で挑む檜原東吾は、アイヌの人達から「刀(かたな)」と呼ばれ、その剣の腕前から恐れられる存在です。
けれども檜原東吾は、巨大なヒグマに刀で挑み命を落としました。
息子の檜原真之助(しんのすけ)は成長後、父の命を奪った巨大ヒグマに銃で立ち向かうことを決意します。アイヌの女性を妻に迎えた檜原真之助は普段の猟では毒矢や剣を用いるものの、巨大なヒグマには銃で立ち向かいます。けれども銃では勝てず、最後は刀で立ち向かいます。
檜原真之助は巨大ヒグマを仕留めると、父が仕留められなかった理由を思い巡らせます。
山の神、アイヌ文化、武士道が旧時代のものとなってしまい、近代化がもたらした悲しみを実感するのでした。
村上もとかは獣剣伝説で、津本陽(つもとよう)が初期に主題とした近代化の流れに抗えない武士道を描きました(【深重の海】、【明治撃剣会】など)。
村上もとかはその後、歴史漫画で賞を受賞しています。
第41回小学館漫画賞・青年一般部門、第2回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門優秀賞受賞作【龍-RON-】(1991~2006年〔ビッグコミックオリジナル〕連載)、第15回手塚治虫文化賞・マンガ大賞受賞作【JIN-仁-】(2000~2010年〔スーパージャンプ〕連載)、第43回日本漫画家協会賞・優秀賞受賞作【フイチン再見!】(2013~2017年〔ビッグコミックオリジナル〕連載)です。
15年に及んだ長編・龍-RON-では、戦前昭和の日本と中国を舞台に、京都に実在した大日本武徳会武道専門学校に学び、剣術と中国武術を得意とする主人公の生き様を描きました。
フイチン再見!では、龍-RON-で取材協力を得ていた戦時中の日本と中国を生きた実在の少女漫画家・上田トシコの生涯(1917~2008年)を描きました。
村上もとかの刀剣漫画では、瀬戸内海、岩手、奈良、北海道など地方が作品の舞台に選ばれ、登場人物の性格付けとその土地柄が結び付けられています。監修者の手配や現地取材に基づくその作風には、漫画でリアリズムを追求した村上もとかの姿勢がうかがえます。
JIN-仁-は連載終了の前年、テレビドラマ化されます(2009年)。日本民間放送連盟賞 テレビドラマ部門最優秀賞の他、多数の賞を受賞し、原作者の村上もとかの名はさらに広く知られることになりました。
テレビドラマ版は好評から続編も制作されます(2011年)。さらに韓国でもテレビドラマ化され(2012年)、宝塚歌劇団も舞台化しました(2012、2013年)。
主人公は、現代の東京にある大学病院の脳外科部長・南方仁(みなかたじん)です。あることがきっかけで南方仁は幕末の江戸にタイムスリップしてしまいます。
現代に比べて医療器具が充実していない江戸で、南方仁は自身の医者としての運命を受け入れます。
もち菓子を喉に詰まらせた子供に路上で遭遇した際には、武士から脇差を借り、喉を切開することもやってのけます。
南方仁はタイムスリップした幕末の江戸で、偶然命を救った旗本の侍の家に世話になります。
その橘家の娘・橘咲(たちばなさき)は、南方仁の手術を邪魔する侍に対し命を賭けます。短刀を自らの喉元に突き付け、南方仁に敵対する勢力が放った侍から大切な手術を守ります。
JIN-仁-では坂本龍馬、西郷隆盛、緒方洪庵、勝麟太郎(勝海舟)、佐久間象山、新門辰五郎など多数の実在の人物が登場します。
新撰組一番隊組長・沖田総司も活躍します。
京では長州藩が倒幕運動を繰り広げます(禁門の変:蛤御門の変)。南方仁はこのとき、京の河原に急きょ設置された救護所で負傷兵の治療にあたります。
そこに新撰組隊士・佐久間恪二郎(佐久間象山と妾の子)が長州藩の少年敗残兵を斬ろうと迫ります。その場に現れた沖田総司は次のように南方仁に声をかけます。
「格くん 人を殺すのは簡単なんだ」、「けれど…生き返らせるのは難しいよ…」、「同じ人を切るのでも 殺すのと生かすのじゃ正反対だよね」
村上もとかがJIN-仁-に込めたメッセージにも聞こえます。