吟詠に合わせて日本刀や扇を持って舞う、剣舞。伝統的な日本舞踊のひとつとして芸術性が高いのはもちろん、日本刀を扱う武人としての気迫や格調も感じられる奥深い文化です。剣舞の歴史や日本舞踊の歴史、各地の剣舞をご紹介します。
世界各地にはいろいろな踊りがありますが、日本では伝統的な踊りとして日本舞踊があります。その歴史は400年とも言われ、起源となるとさらに300年遡った「能」にあるとされています。
長い年月をかけて能の技法を受け継ぎながら、その時代の要素を取り込んで洗練され、発展してきたのが現代の日本舞踊です。
日本舞踊は古典芸能も入れると数多くの種類に分けられますが、このなかで日本刀を用いた舞踊が「剣舞」と言われるものです。剣舞は伝統的な日本の武術を舞踊に取り入れたもので、吟詠に合わせて日本刀や扇を持って舞う舞踊です。
日本刀の差し方や構え方、振り方など剣舞の基本動作には剣術や居合術などの影響がいくつか見られ、間合いや礼法なども重要な要素となります。
さらに演技者には、武士道の精神や武人としての気迫、格調が求められ、その表現力で舞踊としての芸術性が生きてきます。題材となる詩の真髄を理解し、武道の型を芸術的に昇華させた点が剣舞の魅力と言えるでしょう。
剣舞の歴史について、奈良・平安時代の舞楽や神社の神楽で剣を持った舞があったとも、中国(漢代)にも剣を持った舞があったとも伝えられていますが、現在のように吟詠によって演じる剣舞の誕生は明治維新後。
明治政府が発令した散髪脱刀令により町道場を経営していた武芸者が困窮することになり、剣術家として知られた榊原健吉が、武芸者達の救済のために武芸を見世物興業にし、その余興として剣舞が披露されました。これが観覧者から好評を得たことで、次第に広まったとされています。
その後、日比野雷風(ひびのらいふう)と長宗我部親(ちょうそかべちかし)が、剣舞に芸術性を加えてまとめたことから、様々な流派が誕生。さらに、戦後になると芸術性への追究が進み、舞台芸術としての演技へと進化しました。
剣舞は武道を取り入れていることから、舞台などでの衣装も紋付きと袴の和装が基本。詩の内容によっては鉢巻を締めたり、たすきをかけたりすることもあります。使用する日本刀は武士が身に付けていた大小の日本刀のうち、大きい打刀(うちがたな)のみです。演出によっては扇や長刀(なぎなた)などの武具も使われますが、日本刀1振で舞を踊ることが多くあります。
日本舞踊は古典芸能に時代の技法を取り入れて発展してきました。そのもとになったのは能で、舞を踊るときの旋回動作や、歩き方の技法はそのまま日本舞踊のなかに吸収され活かされています。
また音楽についても、能で用いられた楽器を日本舞踊にもそのまま用いることが多く、音楽面でも密接な関係性を持っています。
能以上に日本舞踊の大きな構成要素となっているのが「歌舞伎舞踊」です。歌舞伎の演目のなかには劇中に舞踊が演じられるものがあったり、演目自体が舞踊的な要素が強いものがあったりします。
歌舞伎舞踊は、こうした歌舞伎の舞踊としての要素を取り出して創り上げられたもので、歌舞伎とともに今に伝えられ発達してきました。歌舞伎舞踊の特徴として、普通の動作をより大袈裟に見せたり、日常生活の実際の動きを抽象化して見せたりすることで、動きのメリハリが付きひとつの様式美として確立しています。
また、能や歌舞伎のような古典芸能以外にも、特定の地域に伝わる「民俗芸能」も日本舞踊の構成要素に含まれています。特に跳躍の動作は、民俗芸能の影響を少なからず受けていると言えるでしょう。
さらに近年では欧米文化の影響を受け、これまでにない表現や演出など日本舞踊としての新境地を切り拓くような創作技法も登場しています。
現在、日本舞踊が披露されるのは、舞台の他に料亭などのお座敷があります。これは東京を中心とした江戸文化と、京都・大阪で栄えた上方文化というように、文化圏の違いによって生じたものです。徳川家康が江戸幕府を開府する以前は文化の中心は京都でした。
しかし江戸時代になると文化の中心が東京に移り、歌舞伎や相撲などの興行も行なわれるほど、大勢の人が江戸文化に注目したのです。京都や大阪の上方文化は、舞台を離れて料亭のお座敷や地域の有力な名士・公家などが集まる限られた場所で舞を演じ鑑賞することが盛んになり、独自の形に転換していきました。
現在は東京でもお座敷で日本舞踊が見られますが、京都・大阪の上方とは趣も異なるようです。これは江戸の舞踊を「踊り」と呼んだのに対し、京都・大阪の舞踊を「舞」と呼んだことでも分かります。
舞台芸術としての日本舞踊は動きも大きく、はっきりとメリハリの付いた踊りが特徴で、演技は大勢の人にも分かるように工夫されています。
一方お座敷での日本舞踊は狭い空間のなかで、ゆったりとしなやかに舞うのが特徴。剣舞のような大がかりで動きの激しい舞踊はお座敷では披露できませんが、日常の動きやしぐさを踊りで表現し、歌舞伎舞踊を下地にした優雅で艶っぽさを感じさせます。
また、お座敷での舞踊の踊り手は女性であり、芸子や舞妓などお座敷舞の踊り手達を育成する仕組みも確立されています。
日本舞踊の剣舞は演劇的な舞台芸術として発展したものですが、日本刀を持って舞を踊る芸能は各地域に伝統文化として伝承しています。
岩手県や宮城県では「念仏剣舞」と呼ばれる民俗剣舞があり、そこから派生したのが「鬼剣舞」です。槍や長刀(なぎなた)など長尺の剣を長い棒に見立てた物を棒術と言いますが、この棒術を取り入れた伝統芸能は多くの地域で見られ、愛知県の「棒の手」をはじめ、千葉県、埼玉県などにも伝承されており、高知県、宮崎県、鹿児島県などでは「棒踊り」としてその姿をとどめています。
剣舞は国内だけでなく世界にも多く見られ、アジアでは中国や韓国、ヨーロッパではスペイン・バスク地方やドイツ・バイエルン地方などに伝統的な剣舞があります。また、イギリス北部では多くのソード・ダンスが踊られており、昔は本物の剣が使われていました。
ニューキャッスル地方の「ラッパー・ソード・ダンス」に代表されるように、現代は剣に似せた別の物を使う踊りへと変化し地域住民に親しまれています。