「仏像女子」、「武将萌え」、「城ガール」という言葉があるように、「歴女」と呼ばれるファン・マニアのなかにも、様々なジャンルがあります。彼女達はどこを入口として歴史の世界へアプローチし、どんな楽しみ方をしているのでしょうか。
ここでは、その想いや行動パターンに触れ、歴史を楽しむヒントを探っていきます。自分ならではの視点で歴史にアプローチをして、新たなジャンルを作ってみるのも一興です。
最初に、歴女に限らず歴史好きの人達が歴史に興味を持ったきっかけを見ていきます。ネットメディアでのアンケート調査によると、男性の1位は「小説」で、2位が「大河ドラマ」です。女性の場合は、これが逆転して1位が大河ドラマで2位が小説でした。
この結果を見ていると、昔も今も歴史通への王道として、小説と大河ドラマが君臨していることが分かります。
次に、年代別に見てみましょう。30代、40代の場合は、1位が小説、2位が大河ドラマですが、20代になると1位が「ゲーム」で、2位が「マンガ」です。「アニメ」については、30代、40代が10%台であるの対して、20代では20%以上をマーク。時代と共に、歴史の世界への入口が大きく変化していることを示しています。
また、同じ武将や歴史上のエピソードであっても、作品によって描かれ方や解釈が違い、それらを比べることで、自分なりの歴史観が育まれることも。一番感情移入できるコンテンツを見付けることが、歴史を楽しむコツと言えます。
歴女に最も人気のある時代は、戦国時代。では、人気のある戦国武将は誰なのでしょうか。
様々なアンケート結果で多少の違いはあるようですが、1位「織田信長」、2位「伊達政宗」、3位「真田幸村(真田信繁)」が、ほぼ常連。いずれも大河ドラマの主役となった名将ばかりです。
一方、ベスト3には入らないものの、悲運の武将や一般的には名前の知られていない武将達も、根強い人気で支持されています。
例えば、伊達政宗の側近だった「片倉小十郎」(かたくらこじゅうろう)は、主君へのけなげな忠誠心が歴女の心を揺さぶり、伊達政宗と片倉小十郎ゆかりの史跡を巡るツアーは大人気とのこと。
また、「豊臣秀吉」が統治する以前の四国を治めていた「長宗我部元親」(ちょうそかべもとちか)は、ゲームやアニメで人気の「戦国BASARA」を通して、一躍知名度を上げた武将のひとりです。作品の中では、長宗我部元親が長身でイケメンのアニキタイプに描かれたことから、ファンクラブが発足したほどの人気ぶり。「高知県立歴史民俗資料館」はファンの声に応えて、長宗我部家に関する常設展示コーナーを設けました。
この流れのなかには、歴女の志向のひとつが表れており、ただミーハー的にキャラクターを追いかけるのではなく、きちんと史実や背景も知りたいという姿勢が見られます。
悲運の武将として人気が高いのは、「石田三成」(いしだみつなり)や「前田慶次」(まえだけいじ)、「直江兼続」(なおえかねつぐ)など。その悲運をどのように受け入れたのかに歴女は注目し、さらには、どんな女性と出会い、愛したのかといった「恋バナ」も、歴史を楽しむエッセンスになります。
好きになる入口は何であっても、気になる武将を見付けたらその生涯を追いかけて理解しようとする、歴女達の「もっと知りたい」は、武将への愛の証なのです。
「日本刀」は、日本の古式製鉄法「たたら製鉄」で得られる良質な鋼「玉鋼」(たまはがね)で作る刀剣類です。その冴えた切れ味と姿の良さ、美しい輝きに魅せられた歴女を「刀剣歴女」と呼びます。刀剣歴女の特徴は、その探求心が日本刀だけではなく、日本刀にまつわる歴史や文化にも向かうところです。
例えば、刀匠の各流派の作風や、名刀が武将から武将へと渡り歩いた遍歴、あるいは合戦、仇討ちを描いた浮世絵や歌舞伎、また、名刀の持ち主だった武将ゆかりの城、古戦場など、刀剣歴女の興味は尽きません。これは無理もないことで、1振の日本刀には作り手と使い手のストーリーがあり、その姿からは作刀された時代の戦闘様式が読み取れます。
また、鍔(つば)や鞘(さや)などの刀装具(とうそうぐ)には様々な伝統工芸が見られ、史料としても美術工芸品としても、刀剣歴女のハートと目を奪うからです。このように、日本刀を知れば知るほど、刀剣歴女の好きなジャンルと行動範囲は広がっていきます。
一方で、ひとつのテーマに絞って理解を深めるタイプの刀剣歴女や、剣戟(けんげき)シーンのある小説・漫画・映画・アニメに夢中になるインドア派の刀剣歴女もいるのです。刀剣歴女像や、その行動様式は一定ではなく、ひとりひとりの楽しみ方があり、今後もニュータイプの刀剣歴女が現われるでしょう。
「城」と呼ばれる建造物の多くは、17世紀頃の近世に建てられ、当時の建築技術や彫刻、絵画などの芸術の粋が集められています。
現在、近世の天主が残っているのはわずか12ヵ所のみですが、国の史跡に指定されている城や城趾は約170ヵ所です。
このお城に着目して全国を旅する歴女を「城ガール」と呼び、城ガールのなかには建物好きだけではなく、内部の装飾や庭園を愛でるタイプの人もおり、各々着眼点が違います。
ひとつのお城をきちんと知って理解するだけでもかなりの時間がかかりますが、だからこそお城に着目すると、とりこになってしまうのです。
知れば知るほど謎が生まれ、ひとつの謎を解明すると、次の謎が浮かび上がる、そのワクワク感を知ったらやめられません。様々なお城のガイドブックが出ていますが、最初はお住まいの地域にあるお城を訪れてみるのも良いでしょう。
グルメ好きな女子に人気の歴史旅は、城下町巡り。お城のあるほとんどの町は、城下町として整備された場所なので、歩いていると古い町並みや古民家に出会えることが多いのです。
そして、城下町は地元のソウルフードを発見できるスポット。その土地でしか味わえないグルメを頬張りながら城下の歴史に触れてみれば、自然体で歴史の世界を探訪できます。城下町としてその町を見直すことで、気付かなかった町の魅力が発見できるのです。
歴女という言葉が生まれた2009年(平成21年)前後、「仏像女子」という言葉も同時に生まれました。仏像女子は、略して「仏女」(ぶつじょ)とも呼ばれます。
この言葉を生むきっかけとなったのは、2009年(平成21年)に、東京と福岡で開催された「国宝阿修羅展」(こくほうあしゅらてん)。ここに多くの若い女性が列をなして、世の中を驚かせたのです。
仏像女子は、宗教や宗派にはあまり深く入り込むことなく、アートとして楽しむのが一般的。
近年では、「イケメン仏像」という言葉も使われるようになり、紹介されている仏像を観ると「なるほど」と納得の、美しい表情の仏様が多いことに驚かされます。
イケメン仏像の筆頭は、奈良県「興福寺」の「阿修羅像」ですが、京都府「東寺」の「帝釈天」(たいしゃくてん)、奈良県「秋篠寺」(あきしのでら)の「技芸天」(ぎげいてん)なども常連です。
また、仏像は掘り下げるポイントの多いところが歴女に人気の理由となっています。ポーズの意味や、「如来」(にょらい)、「菩薩」(ぼさつ)、「明王」(みょうおう)、「○○天」という名称の違い、時代による彫刻技術や素材の違い、そして、納められている寺院の由来などが注目点。
国宝級の仏像が集まる代表的エリアは、都のあった奈良と京都ですが、インターネットなどで調べてみると、お住まいの地域の寺院や博物館にも、一見の価値がある仏像を見付けることができます。
仏像女子と同様に、想定以上に若い女性の来訪者が多く、主催者を驚かせたのが、2018年(平成30年)に奈良県「薬師寺」で開かれた「噂の刀展」(うわさのかたなてん)でした。
その数年前に登場したオンラインゲーム「刀剣乱舞」(とうけんらんぶ:略称とうらぶ)がブームとなり、若い女性達が刀剣に熱い視線を注ぐようになったのです。
ゲームに登場するのは、刀剣を擬人化したイケメンの刀剣男士。刀剣乱舞はミュージカルやアニメ、映画作品などにも展開され、人気が続いています。
かつて、本物の刀剣を観て、知識を蓄え、理解していった人達からすれば、ゲームで感情移入してから本物を観る「刀剣女子」のスタイルは、刀剣への理解をショートカットしているように見えるとも言われました。
しかし、彼女達の知識欲や作品と精神性への尊敬の念、審美眼は学芸員も舌を巻くほどで、単なるブームでないことを物語っています。小説よりも具体的なイメージを持って刀剣の世界を知る刀剣乱舞は、歴史にアプローチする良い題材なのです。
また、刀剣が納められていることの多い場所として、各地の神社が挙げられます。身近にある神社の宝物殿に思わぬ名刀が奉納されていることも珍しくありません。ホームページなどを調べてから、実際に訪ねてみるのもおすすめです。
時代背景や人間模様には興味がないけれど、時代劇の衣装だけは妙に惹かれてしまうという歴女なら、史跡のある観光地でコスプレを楽しんでみてはいかがでしょう。
最近では、着物で城下町を巡ることができたり、甲冑を身に着けてお城をバックに記念撮影できたりするスポットが増えています。衣装を纏って、往時の人々の暮らしぶりに想いを馳せるのも、歴女の醍醐味です。
一方、ゲームやアニメに登場するキャラクターになりきりたいときは、衣装を自作して、各地で開催されているコスプレイベントに参加してみましょう。
また、着物で古い町並みを歩くと、資料館の入館料やグルメの代金を割引してくれる観光地もあるので、お出かけ前にはぜひリサーチを。現地で浴衣の貸し出しをしてくれるスポットでは、気軽にいにしえの時代を体験できます。
ひと口に歴女と言っても、ジャンルは無限。興味のポイントで細分化していけば、歴女の数だけジャンルが存在することになるのです。
例えば、仏像女子の中で、特に「阿修羅像」が好きな人は「アシュラー」と呼ばれています。この考え方であれば、「武将萌え」のジャンルに入る歴女でも、伊達政宗からスタートして歴史探訪の範囲を広げていく人のジャンルは伊達政宗。伊達政宗の側近の片倉小十郎の視点で戦国時代を掘り下げようとしている人であれば、ジャンルは片倉小十郎です。
また、伊達政宗を追求していたら、いつの間にか「徳川家康」というジャンルの住人になっていたとしても不思議ではありません。歴史は広く、深く重なっている地層のように楽しみが重層的に連なっている分野なので、予想もしていなかった出口に辿り着くことにも期待感がふくらみます。
好奇心が刺激されるキーワードを見付けたら、それを自分だけのジャンルに設定して楽しんでみてはいかがでしょう。キーワードは、無限に広がる歴史の世界の道標になります。歴女の歴史探訪にルールはありません。あえて言うのなら、興味の赴くまま、目移りしたときには寄り道しながら楽しみ続けることが、唯一のルールと言えるのです。