日本の長い歴史において、戦国時代には、戦いの際の武具として用いられた日本刀。現代では美術品としての価値が見出され、その姿や刃文などの美しさはもちろんのこと、それぞれの日本刀が持つ、伝来にまつわる逸話や伝承について知ることも、日本刀鑑賞の醍醐味となっています。そんな逸話の中でも、波乱に満ちた戦国時代に、「徳川家」において数奇な運命をもたらしたと伝わる1振が、「妖刀」(ようとう)と呼ばれているのです。妖刀の全貌について解説すると共に、アニメや漫画など、フィクションの作品に登場する妖刀についてもご紹介します。
「妖刀」とは読んで字の如く、妖気を帯びた刀のこと。「妖気」は、何か不吉なことが起こりそうな妖しい(あやしい)雰囲気や気配があることを意味しており、日本刀の世界では、「松平家」、のちの「徳川家」にいくつかの不幸を招いたとされる、刀工「村正」(むらまさ)による作刀のことを指しています。
村正は、室町時代後期に活躍した伊勢国(現在の三重県北中部)出身の名匠。
「徳川家康」が天下人となって江戸幕府を開き、太平の世を築いていた一方で、この村正の刀が、徳川家の人々の死傷にかかわっていたことが伝えられているのです。徳川家における村正の妖刀伝説は、徳川家康の祖父「松平清康」(まつだいらきよやす)からすでに始まっていました。
1535年(天文4年)、尾張国(現在の愛知県西部)に松平清康が侵攻した際、自身の近習(きんじゅ/きんじゅう:主君のそば近くに仕える役職)であった「阿部正豊」(あべまさとよ)に村正の刀で殺害され、25歳の若さで亡くなっています。また、徳川家康の父「松平広忠」(まつだいらひろただ)が、1545年(天文14年)、家臣の「岩松八弥」(いわまつはちや)に切り付けられたときに用いられたのも、村正の脇差でした。
さらには1579年(天正7年)、徳川家康の嫡男「松平信康」(まつだいらのぶやす:別称[徳川信康])が、徳川家康の命により自刃させられたときの介錯にも、村正の刀が使われたと言われています。こういった逸話の数々から、村正の刀は、いつしか徳川家に仇なす妖刀として恐れられるようになりました。
そのため江戸時代には、村正の作刀の茎(なかご)部分に施された銘を消したり、村正以外の銘字に改ざんしたりする刀も見られるようになったのです。なお、反徳川派の諸大名の中には、秘かに村正の刀を購入していた者がいたとも伝えられています。
天下統一を成し遂げた徳川家にとって、不吉な刀として忌み嫌われるようになってしまった妖刀・村正。徳川家にまつわるこの妖刀伝説からも窺えるように、不可思議な魔力があるようにも思える妖刀は、日本のアニメや漫画など、フィクションの世界を彩るアイテムとして、様々な作品に登場しています。
「銀魂」(ぎんたま:作/空知英秋[そらちひであき])は、「週刊少年ジャンプ」(集英社)にて、2004~2018年(平成16~30年)まで連載されていたSF時代劇の様式で描かれた人情コメディ漫画。
あるとき、この物語の主人公「坂田銀時」(さかたぎんとき)が経営するなんでも屋に、刀工「村田鉄也」(むらたてつや)が、ある依頼をするために訪れます。その依頼内容は、行方不明となった刀「紅桜」(べにざくら)を探し出してほしいということでした。
この紅桜は、村田鉄也の父であった江戸随一の名工「村田仁鉄」(むらたじんてつ)が鍛刀した1振でしたが、かかわったすべての人々に災いが訪れる妖刀だったことから、村田鉄也は、一刻も早く取り戻したいと言うのです。
しかし、実はこの紅桜は、名匠であった父を超えたい村田鉄也の手によって、刀と機械を融合させ、意思を持つ対艦兵器に改造されていました。
さらには、坂田銀時の幼なじみであり、攘夷派(じょういは:外敵を撃退して日本国内に入れないようし、鎖国を継続させようとする思想)の「高杉晋助」(たかすぎしんすけ)が、紅桜にかかわっていたことも判明。高杉晋助率いる武装集団「鬼兵隊」(きへいたい)が、村田鉄也の協力のもと、紅桜を用いて、江戸の町でクーデターを起こそうとしていたのです。
これを何とか阻止したいと考えた坂田銀時達が、紅桜を巡って鬼兵隊と争うことになった紅桜編のストーリーは、2017年(平成29年)に実写映画化もされています。
「ぬらりひょんの孫」(作/椎橋寛[しいばしひろし])は、「週刊少年ジャンプ」(集英社)で2008~2012年(平成20~24年)に連載されていた、任侠妖怪の世界がテーマである怪奇ファンタジー作品。妖怪の総大将ぬらりひょんの孫である主人公、「奴良リクオ」(ぬらりくお)が、現代の中学生でありながら、祖父が作った組である「奴良組」を統率するため、組所属の妖怪達と共に、様々な妖怪達に立ち向かっていくストーリーが描かれています。
奴良リクオが用いた妖刀「祢々切丸」(ねねきりまる)は、「四国八十八鬼夜行」(しこくはちじゅうはっきやこう)と奴良組が全面抗争を繰り広げた際に、祖父・ぬらりひょんから譲り受けた1振。妖怪のみを切り付けることができ、その傷痕から、妖怪が持つ妖力を抜け出させる効力を持った、いわゆる「長ドス」(ながどす)です。長ドスは、刀身の長さが1尺8寸(約54.5cm)以上ある「長脇差」であり、鍔(つば)が施されておらず、白鞘(しらさや)に収められているのが特徴。
なお、ぬらりひょんの孫の世界で不思議な力を持つ妖刀として描かれた祢々切丸には、実在する同名の刀があります。それは、南北朝時代に鍛刀された、「山金造波文蛭巻 大太刀中身無銘」(やまがねづくりはもんひるまき おおだちなかみむめい)と称する「大太刀」(おおだち/おおたち)です。日光のある山に住み着いていた虫の妖怪、「祢々」を切り捨てたと伝えられていた刀であったことが、祢々切丸と号する由来となりました。
しかし、無銘であるため、その作者が誰であるかは定かになっていません。一説によれば、山城伝の名工「三条宗近」(さんじょうむねちか)であったと推測されています。
実在した祢々切丸は妖刀ではなかったものの、国の重要文化財に指定されるほどの名刀として高い評価を受けている1振。現在は、「日光二荒山神社」(にっこうふたらさんじんじゃ:栃木県日光市)にて所蔵されている名刀です。
「犬夜叉」(いぬやしゃ:作/高橋留美子[たかはしるみこ])は、「週刊少年サンデー」(小学館)において、1996~2008年(平成8~20年)に連載されていた冒険活劇の漫画作品。
戦国時代が舞台となっており、「半妖」(はんよう:人間と妖怪の間に生まれた存在)の主人公犬夜叉が、妖力を高められる宝玉「四魂の玉」(しこんのたま)のかけらを探し求めて、仲間と共に旅へ出るストーリーになっています。
犬夜叉には、妖刀がいくつか登場しますが、その中でも代表的な1振は、「鉄砕牙」(てっさいが)と称する刀。これは、犬夜叉の父が、妖怪である刀工「刀々斎」(とうとうさい)に、自身の牙を材料として鍛えさせた刀であり、「1振で100の妖怪をなぎ倒す」と言われるほどの威力を持っていました。
通常は粗末な錆刀(さびがたな)に見える鉄砕牙ですが、犬夜叉が持つ妖力によって、巨大な牙と見まがうばかりの、強靭な刀に変化するのがその特徴。犬夜叉の母を守るために、犬夜叉の父が作らせた刀であったため、人間を大切に思う心がない妖怪には、上手く扱うことができないとされた妖刀です。
ここまでご紹介した徳川家にまつわる村正の妖刀伝説は、その真偽のほどは不明となっている部分もあります。しかし、幕末に起こった倒幕運動において、薩摩藩(現在の鹿児島県)の「西郷隆盛」を始めとした多くの志士達が、実際に村正の刀をこぞって求めて所持していました。
これはやはり、村正が徳川家を祟る妖刀であるというイメージが人々の間に根付いており、村正が江戸幕府倒幕の象徴となっていたことに他ならないのです。
そして、この妖刀伝説が現代にまで伝わり、アニメや漫画にも登場しているのは、天下統一を果たした有力武家・徳川家を呪ってしまうほどの妖力を持つ、どこか妖しげな魅力に、人々が心惹かれているからかもしれません。