甲冑を制作する上で最も重要で基本的な要素が「小札」(こざね:または札)です。そのため、小札の質の良し悪しが甲冑の品質に直結していました。甲冑を評価する「札よき鎧」という言葉が、これを表しています。すなわち、強靭な小札を用いて仕立てられた甲冑は、着用者の生命・身体を守る堅牢な防具として高く評価されていたのです。甲冑の最重要パーツである小札と、これをつなぎ合わせていく「縅」(おどし)の方法についてご説明します。
「小札」(こざね)または「札」とは、甲冑を構成している小さな短冊状の板のことです。小札を用いての甲冑制作の歴史は古く、5世紀後半に造営されたと推定されている古墳から出土した甲冑が小札で構成されています。そののち、日本式甲冑制作における主要な素材として引き継がれていきました。
小札で形成されている部分は、多岐に渡ります。胴部分の表面はもちろん、兜の「錣」(しころ)や「垂」(たれ)、肩を防御する「袖」に大腿部を守る「草摺」(くさずり)に「佩楯」(はいだて)など、ほぼすべての部分において小札が用いられているのです。
こうした小札の種類は「本小札」(ほんこざね)、「伊予札」(いよざね)、「板札」(いたざね)の3つに大別することが可能。3種類の小札の概要については後述しますが、これら小札を用いて成形された甲冑の最大の特長は、柔軟性があって体形に合わせやすいこと。
小札を用いた甲冑は、室町時代後期に一枚板を用いた「当世具足」(とうせいぐそく)が登場するまでの間、常に日本式甲冑の中心であり続けました。
小札は小さな部品ですが、日本式甲冑の構成要素として不可欠な存在。そのため、小札の部位には様々な名称が付されているのです。小札の各部位の名称と場所をご説明します。
前述したように、小札は本小札、伊予札、札板の3種類に大別することが可能です。これら3種類の小札についてご説明します。
本小札は、伊予札や板札に対して、本式の小札という意味で用いられたことが始まりだと言われている言葉です。
素材は鉄やなめした牛革などが一般的。稀に和紙を用いて制作された物も登場したと伝えられています。
本小札は、言わば小札の基本形。向かって左肩を縅しやすくするために、札頭が斜めに切られています。鉄素材の本小札は錆防止のために生漆(きうるし)を焼き付けたあと、さらに漆を塗って加工。また、革素材の本小札は腐食等を防止するために生漆が塗られています。
本小札は穴の配置によって13個の穴を2列に空けている「並札」(なみざね)、19個の穴を3列に空けている「三目」(みつめ)、並札よりも1個多い14個の穴を2列に空けている「四目」、緘の穴がなく、毛立の穴と下緘の穴を合わせて10個空けている「目無」(めなし)などを分類することが可能です。
伊予札は、本小札を簡略化した小札として生まれたと言われています。
南北朝時代以降の「胴丸」や「腹巻」に使用されている例が多いことから、この時代に一般的に普及したと考えられている小札です。
「伊予」の名が示しているように、伊予国(現在の愛媛県)で誕生したと言われ、当初は特定の地域で制作・使用されていましたが、その利便性の高さから時間の経過とともに全国的に広がっていったと考えられています。
伊予札は、原則として鉄素材で制作れていまたが、当世具足の草摺に用いるために革素材で制作された伊予札も登場。札頭の中央に切り込みを入れて左右を丸くした「碁石頭伊予札」(ごいしがしらいよざね)、中央に切り込みを入れて矢の後端部のような形にした「矢筈頭伊予札」(やはずがしらよざね)、中央に切り込みを入れて札頭を本小札のような形状にした「小札頭伊予札」(こざねがしらいよざね)、札頭を一直線に切った「一文字頭伊予札」(いちもんじがしらいよざね)等に分類されています。
板札は、多数の小札を連ねて小札板を作る本小札や伊予札とは異なり、鉄や革の一枚板で作られた小札板です。
その目的は、作業の省力化。数多くの小札を横に連ねて(緘:からみ)小札板を制作するには、膨大な手間と時間を要し、大量生産はほぼ不可能。
そのため、大量生産を目的として、小札板を最初から一枚板で作る手法が考案されたのです。こうした板札を用いて制作された甲冑は「板物」(いたもの)と呼ばれるようになりました。
板札には札頭を一直線に切った「一文字頭」(いちもんじがしら)、札頭を本小札に似せた形に切った「切付札」(きりつけざね)、伊予札に似せた形状の板札などがあります。また切付札には表面の平な物や盛り上がっている物など様々な種類の物が制作されました。
縅毛を小札の穴に通すことを「縅す」と言います。小札板の上下をつなぎ合わせている部分が「毛立」(けだて)で、小札板を横方向につなぎ合わせている部分は緘です。小札をつなぎ合わせる手法についてご紹介します。
2本の縅毛を並べて、小札板を縅していく手法。毛引縅との違いは、小札板の表面を覆っている縅毛の密度の違い。
小札1枚ごとに縅毛が通っている毛引縅とは異なり、「素懸縅」(すがけおどし)では、小札板の所々を縅毛が通って止まっています。
そのため、素懸縅は毛引縅を簡略化した形態として考案された手法であると考えられ、当初は簡易的な甲冑において用いられていたと言われているのです。
そののち、室町時代後期に当世具足が登場すると、広く用いられるようになったと考えられています。
小札にある緘の穴のひとつから縅毛を引出し、それをすぐ下の緘の穴に通す手法です。
これにより、緘の形状が縦になることからこう呼ばれています。
縅毛が縦に通っていることから「縦取縅」(たてとりおどし)との俗称も。緘の手法としては、最古であると言われています。
小札2枚に縅毛を斜めに渡す手法で、その様子が縄の目のように見えることからこう呼ばれています。
「縄目緘」(なわめがらみ)は毛引縅において用いられた緘の手法で、平安時代後期以降において、最も一般的に行なわれていたと言われています。
「菱綴」(ひしとじ)は、2本の縅毛を札頭で斜めに交差させる手法です。主に素懸縅で用いられました。
菱綴は表面を「×」状に綴じて緘み付けますが、裏面はこのような形状にはせず、横に綴じています。
装飾性を保つと共に縅毛の節約にもなる実用的な手法であるとも言えるのです。
3枚の小札にある6つの穴を一組にして行なわれる手法。
両側にある小札の4つの穴を菱に緘み、中央にある小札の緘の穴へ縦に縅毛を通します(縦取緘)。江戸時代において稀に行なわれていました。