【あらすじ】小谷城へ進軍した遣使(けんし)の土城俊子達は、蘇った浅井長政と朝倉義景を『闇の者』と共に倒すことに成功するが、またしても急報が届く。しかもその内容は、武田信玄と上杉謙信までもが蘇り、手を組んで安土に進軍してきているというものだった。織田信長達は引き上げた安土城で、来たる戦いについて軍議を開いた結果、敵を安土城下に引き入れ殲滅することとなったのだった。
「恐れながら申し上げます!」
評定が一段落したところで、物見より急報がもたらされた。
「如何した」
「城の東南、旧観音寺城の周辺より旗指物が見えるとの報告がありました。旗先物には隅立て四つ目が描かれており、六角のいずれの者かと見受けられまする」
「なんだと?」
織田信長はいぶかしげな声を上げた。
「南蛮寺に軟禁した六角義賢はどうしている?」
六角義賢は六角氏における最後の観音寺城の城主で、1568年の観音寺城の戦いで城を追われ、甲賀に拠点を移したのち、三好三人衆や石山本願寺と組んで、織田信長に抵抗を続けていた。だがこの年、春の石山本願寺陥落の際に捕らわれ、南蛮寺に軟禁されていた。
「逃亡したという報告は受けておりません」
「いかに気骨ある戦国大名と言えど、戦を30年以上も続ければ気力も萎えるだろうよ」
「すると、六角のいずれの者だ」
武将達が声を低くして囁きあう。土城俊子の脳裏に思い付く名前があった。
「まさか、六角定頼でしょうか」
六角定頼は六角義賢の父で、六角氏の全盛期を築いた戦国大名だ。
絶頂期には将軍家の後ろ盾となるなど、中央政界に大きな影響力を持ち、さらに北近江の浅井氏を支配下に置くなど、実質的な天下人として君臨した。
「余もかつて定頼公の施政を研究した。楽市楽座と本城の城割りは、かの者の業績から学んだものだ。なるほど、確かにかの者からすれば織田など尾張の成り上がりに過ぎぬやもしれん」
織田信長は妙に納得した顔で頷いた。
「上様、呑気に構えているゆとりなどございませぬ。敵は安土のすぐ側におるのです!」
「真に六角か否かはともかく、急ぎ討ち取りませぬと」
「安土城はまだ完成したばかり、落ちるにはあまりにも早うございます」
「黙れ!」
織田信長は騒ぎ立てる重臣達を一喝した。
「何を怖れるものがあろうか。たかだか六角ひとりが増えただけではないか。いかに相手が強かろうと信玄、謙信ほどではあるまい。方針は迎撃と定めておる。なればお前達がすることはただひとつ。弓矢に鉄砲の準備だ」
織田信長が言うと、重臣達はそれぞれ頷いた。そのとき、またしても物見よりの知らせが入ってきた。
「今度はなんじゃ!」
声を荒げる織田信長に、顔を青くした伝令が恐る恐る告げた。
「隅立て四つ目のすぐ側に、風林火山と毘沙門天の旗が見えるとのこと!」
「なんだと!? 奴らはまだ美濃にも入っていなかったではないか」
遙か遠方にいたはずの信玄と謙信が、すぐ側まで迫っている。その知らせを聞くとさすがの織田信長も絶句した。
「もしかして、縮地」
土城俊子が思わず口にすると、明智光秀が素早く声を掛けた。
「何ですか、それは?」
「はい、仙術に伝わる移動法で、地面全体を縮めて距離を接近させ、遠距離を素早く移動できます。でも、人ひとりならともかく、軍勢を移動できるなんて、そんなことが…」
「相手は死者すら蘇らせるのです。それすら可能とするのでしょう。安土の図面を見せて下さい。敵の侵攻進路を予測します。それと城下町に急ぎ知らせを。商人や農民を安土山に避難させるのです。戦の邪魔になります」
部屋の外に控えていた当番の武士達に明智光秀は指示を出す。
急に城全体が慌ただしくなった。
ある者は鉄砲を抱えて走り回り、ある者は城下町に出て安土山への避難を呼びかけた。安土城自体は政庁としての性格が薄く、防御戦は町全体を巻き込んだ大規模な戦にせざるを得ない。
幸い多くの住人が協力的で、避難は迅速に進んだが、『闇の者』の進行速度は思いの外速く、迎撃するための武士団の配置が、微妙ながら間に合いそうにない。
「やむを得ぬ、余が時間を稼ぐ」
状況を見た織田信長が明智光秀に告げた。
「どうせ余が目当てなのだ。足止めくらいにはなるだろう」
「それでは上様が……」
明智光秀は止めようとした。頭では織田信長の言葉を理解しても感情がそれを許さないようだ。織田信長は明智光秀に目を向けると、励ますように口にした。
「余を信用するが良い。とにかく時は稼ぐ。その間に迎撃部隊を配置するのだ。急げ!」
「上様、必ず御身をお守りします」
明智光秀は織田信長に向かって一礼すると、重臣達と安賀川国光を連れ、急ぎ広間を出て行った。
「お前は光秀とともに行かぬのか?」
ひとり残った土城俊子を見て、織田信長は眉をひそめた。
「いえ、私は上様をお守りします。弓矢や太刀は使えませんが、呪術や幻術が相手でしたら私がお役に立ちます」
小谷城で見た幻術を思い出したのか、織田信長は口元をほころばせた。
「ならば付いてくるが良い。これから余は城下町に出て遠方よりの客を迎えねばならんからのう。供回りにひとりでも女がいれば、場が少しは華やかになろう」
織田信長が土城俊子と三十騎ほどの供回りを連れて大手門を出ると、昼間にもかかわらず濃い霧が立ちこめてきた。霧の向こうから騎馬に乗った3人の武者が現れる。それぞれが具足を付け、背後に旗指物を掲げた『闇の者』を従えていた。
「遠路はるばる大義である。余が織田信長だ。その方らが余に会いたいと聞いて、わざわざ城から出てきてやったわ」
3人の姿を確認すると、織田信長はすぐに大声で叫んだ。
「貴様が織田弾正忠信長か。存外に線が細いのう」
「この田舎者風情が生意気な。だが、臆面もなく我らの前に顔を出す、その蛮勇だけは褒めてやろう」
「ずいぶん華奢な男じゃ。こんなひょろひょろした男が、よくもまあ恥ずかしげもなく第六天魔王など名乗れるものじゃ」
かつての英雄達が、馬上から織田信長を見て嘲笑う。
「ふん、亡者どもがよくしゃべる。ちなみに貴様らの情報はかなり古いぞ。弾正忠はとうの昔に捨ててやったわ。いまの余は右府じゃ」
「右府とな?」
武田信玄が驚いたように片眉を上げた。
「右大臣とは出世したものよ。だが、ここで死ねばさらに高い地位に就けるぞ。ただしはじめに贈の文字が付くがのう」
「あいにく余は、ここで死ぬつもりなど毛頭ない」
そこで織田信長は不敵に笑うと、甲高い声で、かつての英雄達に問いかけた。
「武田法性院信玄、上杉不識庵謙信、それに六角江月斎定頼のお三方に尋ね申す。お主達はなにゆえ現世に戻られた。死んでもなお戦を所望されると申すか」
「さにあらず。儂が蘇ったのはこの世に平和と安寧をもたらすため。すなわち織田弾正忠織田信長、貴様を誅殺するためだ」
「その通りじゃ。貴様が生きていては日の本に静謐は訪れず、各地が混乱するばかりじゃ。ゆえに我は貴様を討たねばならぬ」
「都に足利幕府を回復し、帝の下に正しき世をもたらすためぞ」
「笑止、この世に平和と安寧をもたらす? 日の本に静謐が訪れぬ? 生涯を戦ばかりに費やした信玄に謙信とは思えぬ言葉よ。下らないにもほどがある。お主らはたったそれだけのためにあの世から舞い戻ったのか」
織田信長は豪快に笑い飛ばす。すぐに表情を改めて武田信玄と上杉謙信に問うた。
「ではもうひとつお主達に問おう。仮に余を抹殺できたとして、お主らは余の代わりに何を日の本にもたらすつもりだ」
「日の本になにをもたらすか、だと?」
「さよう、いまの日の本は余を中心にまとまろうとしている。新しき世が生まれようとしているのだ。だが、お主達はそれを覆すと言う。返答を聞かぬままでは死ぬ訳にはいかん」
織田信長の問いかけに、三将は明らかに戸惑っていた。まさか問答を仕掛けられるとは思わなかったのだろう。どう返答したものかと、馬を寄せ合い話し合う。
「ならば織田信長、貴様にも問おう」
ほどなくして武田信玄が口を開いた。
「貴様は日の本に何をもたらすと言うのだ」
「うむ。さすが武田信玄、よくぞ聞いてくれた」
織田信長はニヤリと笑う。
「貴殿らは知らぬか、よくて中国くらいしか知らぬと思うが、世界には実に多くの国がある。ポルトガルにエスパニア、ローマなどいう国を貴殿らは存じておろうか」
織田信長は世界の情勢を説明すると、日本を巡るヨーロッパ各国の狙いを武田信玄と上杉謙信に聞かせた。さらに自らの野望として天下統一を足がかりに、中国やルソンへの出兵をはじめとした世界戦略を、時間をかけて丁寧に語る。
無論、明智光秀達が配置に付くまでの時間稼ぎではあるが、土城俊子は気付くと織田信長の語る言葉に引き込まれていた。
世界を相手に交易し、船を出して遠征する。
7つの海を舞台にした壮大な物語だ。だがそれは同時に聞く者の器を計るためでもあった。
事実、武田信玄に上杉謙信、六角定頼は織田信長が語る内容に付いていけず、圧倒されながらも目を白黒させている。
「おのれ、世迷いごとを」
やがて上杉謙信が振り払うような雄叫びを上げた。
「いかに世の中が広かろうと、貴様のしていることに変わりはない。ただの殺戮よ。日の本だけに飽きたらず、世界を相手に戦をするつもりか。ならば我らは貴様の語る世界のためにもこの場で討ち取らねばならぬ」
「応よ、ここで弾正忠を討ち果たし、世界とやらを救ってやろうぞ!」
三将の下知に合わせ、『闇の者』が怒濤のように攻めてくる。
「愚かな、時代は移り変わるものとなぜ分からぬ」
織田信長が顔色を変えずつぶやく。
そのとき、城下の建物の上から明智光秀のよく通る声が響いてきた。
「皆の者、掛かりそうらえ!」
明智光秀の声を合図に、左右の家屋の屋上から大量の鎖が投げ込まれた。
鎖は『闇の者』達の足に絡み付き、前から次々と倒れていく。すかさず銃声が鳴り響くと、銃口が吐き出す硝煙が霧のように立ちこめ、攻め手の視界を奪い取った。
次いで無数の術符が投じられると、濃煙の中からくぐもった声が、呪詛のように響いてくる。
「長篠では散々苦労させられたからな。対処する方法は考えてあったわ」
目の前で果てていく『闇の者』に、織田信長は満足そうな笑みを見せた。鉄砲は洗礼弾を撃つためでなく、聴覚の混乱と目くらましに使ったようだ。鎖も水銀を練り込んだ特別な物で、呪符は以前から京都中の寺社仏閣から取り寄せていたという。
「まだまだ貴様らはこの程度で終わるまい、光秀、次じゃ!」
織田信長が命じると同時に、明智光秀が油を投げるよう指示を出した。すぐに大量の油壺が雨あられと落ちてくる。薄い陶器で作られた油壺は、地面や鎧に当たると簡単に壊れ、敵軍はたちまち油まみれになる。
「おのれ、織田信長」
「だが、この程度の小細工、いくら弄したところで我らが止まるものか」
「待っておれ、今すぐその首かっ斬ってくれるわ」
黒い油にまみれながら、3人の武将が唸りを上げる。織田信長はその姿を見て苦笑すると、最後の仕上げを明智光秀に命じた。
「火を放て!」
合図と同時に、一斉に火矢が射かけられる。『闇の者』をいまだ動ける者も動けない者も、すべてまとめて火だるまにした。死肉が焼ける匂いが辺り一面に立ちこめ、土城俊子は思わず鼻を覆う。
火だるまになった『闇の者』が苦悶のあまり暴れ回り、周囲の家屋目掛けて突っ込でいく。城下街にはすでに油が仕掛けられていたようで、すぐに町中に火が回った。
轟々と音を立てて燃え盛る城下街を見ながら、織田信長は小さく呟いた。
「いくら『闇の者』が強くとも、圧倒的な物量には敵うまいて」
織田信長ははじめから城下町自体を犠牲にしても、『闇の者』を焼き尽くす策を講じていた。弓矢に刀は通じなくても、肉体そのものをなくしてしまえば、『闇の者』は何もできない。
織田信長と土城俊子のもとに、明智光秀が安賀川国光と菅原兵衛に手勢を連れて走ってくる。
「上様、ご無事ですか」
「見ての通りよ。五体満足にしておるわ」
「して、信玄に謙信らは退治できたでしょうか」
「さて、どうかのう。この業火の中で生きているとは思えぬが」
城下町を焼く炎が天に向かって渦を巻く。この炎ではいかに『闇の者』が屈強でも燃え尽きてしまうに違いない。
だが、土城俊子は燃え盛る炎の中に微弱な『闇の者』の気配を感じていた。気配は急激なまでに大きくなり、すぐに先ほどまでとは比較にならない濃密な妖気となって漂ってきた。
「なんだか、おかしいです」
「おかしいとは?」
明智光秀も土城俊子と同じ方向を見ながら口を開く。安賀川国光も異変に気付いたようだ。愛刀を抜いて一同の前に進み出た。
「皆様、お下がりを!」
焼けた瓦礫の間から、赤焼けた腕が伸びてくる。腕はしっかり地面をつかむと、次いで頭や胴体、足が瓦礫の中から這い出てきた。
「まさか、武田信玄……」
土城俊子は思わず呟く。
魔神の名にふさわしい姿だった。かろうじて鎧兜姿の人の形を保ってはいるものの、黒ずんだ皮膚や鎧の隙間から紅蓮の炎が吹き出している。這い出てきたのは武田信玄だけではなかった。上杉謙信に六角定頼も炎の中から這い出てくる。
「馬鹿な!」
「あれでも生きているというのですか!?」
目を疑う光景を前に、織田信長と明智光秀が揃って驚きの声を上げた。
「おのれ、そこまでこの世に執着するか」
織田信長が苦々しい顔で口にする。だが、用意したすべての手立てを使い尽くし、打つ手がない。その間も三将はゆっくりと、だが確実に織田信長目掛けて進んでくる。
「天破侠乱剣を使おう。それしかない」
安賀川国光が土城俊子と菅原兵衛に告げた。決意に満ちた顔付きを見て、菅原兵衛がすぐに同意した。
「やむを得ん、ここで奴らを倒さねば後々に禍根が残る」
「でも、あれは……」
本当に良いのだろうか、土城俊子は頭の中で逡巡した。武田信玄達を倒すにはそれしかない。それは分かる。だが、安土一帯の自然はどうなるのか。のちに大変な混乱が起きないか。心配ばかりがこみ上げて、頭の中を駆け巡る。
「力とは、他からも借りられるらしいな」
唐突に織田信長が口を開いた。
「武士だけでなく、町人に農民からも。あまり褒められたものでもないでしょうが、目の前の脅威を排除するには、遣使(けんし)達にお願いするしかないようです」
次いで明智光秀が中空を見ながら口にする。
「お二人とも、一体何を……」
いぶかしげに眉をひそめる土城俊子の耳に、歴史の神のやわらかな声が聞こえてきた。
天破侠乱剣は自然が持つ異物を排除する力を、人の手で強制的に発動する天の摂理に反する技だ。だが発動するための力は自然ばかりでなく、人々からも借りることができる。周囲の人々に呼びかけ、力を分けてもらうのだ。信じる力が集まれば、自然に頼らず天破侠乱剣を放てるだろう。
ただし、人々の力を集めるには、思いを集めるための力強い心柱が必要だ。ここ安土でそれができる人物はひとりしかいない。
「無論、俺が呼びかける。他に誰がいると言うのだ」
織田信長はそう言って笑うと、大手門を駆け上がり、城内にいる武士はもちろん、逃げ込んだ人々に呼びかけた。
「織田右府より余が頼みにするすべての人々に告げる。皆が知っての通り、現在、安土城下は未曾有の危機にさらされている。敵は歴史に逆行し、日の本の統一を阻害しようとする奴らだ。我々は天下の安寧と、日々の平和をもたらすため、この不定な叛徒どもを滅せねばならぬ」
織田信長はそこで言葉を切ると、ひとつ大きく息を吸った。
「人々よ、俺に力を貸してくれ! この先の歴史は我ら生きる人間が歩む道、昔日に朽ちた亡者どもを討ち祓うのだ!」
言い終えた瞬間、安土城全体から怒濤のような歓声が上がった。山全体を震わせる大音声とともに、無数の光が舞い上がり、織田信長の周囲に降ってくる。
「この力を無駄にしてはならぬ」
織田信長の声に応えて、安賀川国光と菅原兵衛が刀を抜き人々の光を集めると、剣先を3人の武将に突き付けた。
「土城、お前が撃て」
「俺と安賀川国光の力ではこの光を支えるだけで精一杯だ」
「で、でも……」
土城俊子はなおも躊躇した。自分にこの光は重すぎる。
「安心しろ、例えこのあと、何が起きてもお前の責任は俺が半分持ってやる」
「おいおい、俺もいるぞ。責任が半分より3分の1になった方が楽だろうが」
安賀川国光と菅原兵衛が薄く笑う。彼らを見ると一気に気が楽になった。
あれこれ考える余裕ははじめからなかった。のちに何が起きようと、いまは目の前の脅威を排除するのが優先だ。
土城俊子は腰に差した短刀「長義」を抜き、力いっぱい振り下ろした。
撃ち放たれた光は巨大な一条の帯となって街路いっぱいに広がり、先頭にいた六角定頼を消し飛ばした。
だが、武田信玄と上杉謙信は何かが違った。光の波に呑まれながらも、勢いに抗いその場に留まるどころか、前進しようとさえしている。
「あとは任せてもらいましょう」
明智光秀がいつの間にか遣使(けんし)達の隣に立っていた。そして、なおも抗う2人の武将に静かな声で語りかける。
「帝の名において、織田信長が必ずや太平の世を創るでしょう。貴殿らの残した甲斐や越後の住人達も無下にはしません。万人が幸福になる世の中になりますよ」
「織田の者よ」
光の波に呑まれながら、武田信玄が口を開く。
「我らでは貴様らに敵わぬようだ。だが言葉の正しさと、それを口にした人間の正しさを見定めることはできる」
明智光秀は何も応えない。ただ武田信玄と上杉謙信を見つめている。次いで上杉謙信が明智光秀に問うた。
「織田の者よ、いかなる変事があっても、それを果たすか?」
「果たしましょう」
「織田が天下を取ったとして、我らが領民達にも安寧をもたらすか?」
「もちろんです」
「そうか……」
上杉謙信は静かに目を瞑ると、光の中に消えていった。
「我ら怨念となって見ておるぞ。お前の側で……」
武田信玄はなおも明智光秀に告げると、上杉謙信のあとを追うように自ら光の波に呑まれていった。
ひとまず『闇の者』の脅威を取り除くことができた。
だが、『闇の者』と戦った代償は思いの外大きく、安土城の城下町はすっかり焼け落ちてしまった。
織田信長は大手門の上に立ったまま、焼けた城下街を眺めると、深いため息を吐いた。
「やれやれ、ようやく形になったと思えば、わずか数刻にして灰燼に帰すか。また一から作り直すと考えると、ため息しか出ぬわ」
「間もなく天下人になろうという御方が、何をおっしゃいます」
明智光秀が織田信長を見上げて笑いかける。
「確かに上様は至るところで破壊の限りを尽くされましたが、それはこれから新しきものを創るためではありませんか。そんな野望を持った方が、一度や二度の挫折で落胆されては困ります」
「とは言うてものう……」
織田信長はその場にしゃがみ込んだ。他の重臣達の前では決して見せないふてくされた顔だが、土城俊子には明智光秀に甘えているようにも見えた。
「私がいる限り、いつでも上様をお助けいたします」
主君の内心を見透かしてか、明智光秀が優しい声を掛ける。
「その言葉、本心であろうな」
「本心です。それに恐らく上様の頭の中には、きっとすでに新たな城下町の建設案もおありでしょう」
「当然だ。余を誰だと思っておる。織田信長であるぞ!」
織田信長は力強く立ち上がると、先ほどとはうって変わった覇気のある声で、明智光秀に命じた。
「ならば主命じゃ、貴様にはとことんまで付き合ってもらうからな。覚悟するが良い」
織田信長と明智光秀はさっそく、新たな城下町の建設について話し合いを始めた。
「おいおい、戦が終わったばかりだというのに、こんなところで話すのかよ」
安賀川国光が呆れた顔で口にする。
「だが、あの2人からは底知れない気力とやる気が満ちている。これから創り上げる新たな町は、昨日までのそれより活気のある街になるだろう」
菅原兵衛の言葉には土城俊子も同じ思いだった。
天下は急速に落ち着き始めている。その中心にいるのは間違いなく織田信長であり、明智光秀だ。彼らの絆が続く限り、京や安土周辺はもちろん、やがて日の本全体が安定と活気の世が来るはずだ。
――できるだけ長く、こんな活気に満ちた時代が続きますように。
土城俊子は織田信長と明智光秀を祈る思いで見つめていた。