約50年前の名作時代劇映画【十三人の刺客】と【切腹】のリメイクを託された三池崇史(みいけたかし)。両作では江戸時代に形成された「忠孝一致」を重んじる武士道の否定が描かれます。その後も同じく「忠孝一致」の否定を主題とする人気漫画【無限の住人】の映画化も託されます。三池崇史はそれらの時代劇を手がけるにあたり、万民、家族愛などを強調し、さらに現代の感覚で武士道を描きます。
三池崇史はブルース・リー主演作【燃えよドラゴン】を観て映画が好きになります。
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)に進学後、同学院の創設に大きくかかわった今村昌平の他、数多くの映画監督の現場で助監督として経験を積みました。
そしてビデオ映画【突風!ミニパト隊】(1991年)で監督デビューします。劇場用映画は【新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦】(1995年〔大映〕配給)がデビュー作となりました。
以後、暴力映画を中心に多作を続け、海外でも高い評価を得ていきます。
時代劇や歴史を題材にした監督作は、熊本県から依頼を受けた中編のオムニバス【熊本物語】(2002年〔株式会社ブルックス/菊地川流域古代文化研究会〕配給)からです。
大和朝廷に立ち向かった村人達、元寇に備えた防人達、豊臣秀吉軍に立ち向かった女性達を取り上げました。
同年、山本周五郎の時代小説【さぶ】を原作とした名古屋テレビ開局40周年記念のテレビドラマ【SABU ~さぶ~】(2002年〔名古屋テレビ放送〕)の演出も担当します(のち2002年〔キネマ旬報社〕配給)。脚本は、竹山洋(代表作:NHK大河ドラマ【秀吉】、NHK大河ドラマ【利家とまつ~加賀百万石物語~】など)が手がけました。
同作は第40回ギャラクシー賞・テレビ部門・選奨、第29回放送文化基金賞・番組部門・テレビドラマ・番組賞、第57回文化庁芸術祭・テレビ部門・優秀賞、日本民間放送連盟賞・番組部門・テレビドラマ・優秀賞を受けるなど高い評価を得ました。
その後は、岡田以蔵の魂が現代へ蘇った物語【IZO 以蔵】(2004年〔チームオクヤマ〕配給)、【スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ】(2007年〔ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント〕配給】と続きます。
スキヤキ・ウエスタン ジャンゴでは、黒澤明【用心棒】、同作に大きな影響を受けたイタリア製の西部劇・マカロニ・ウェスタンが独自にリメイクされます。脚本をNAKA雅MURA(代表作:【岸和田少年愚連隊】シリーズなど)が担当しました。
壇ノ浦の戦いから数百年後を舞台に、平家と源氏の末裔でギャングとなった両者の争いが描かれます。源義経(伊勢谷友介)と平清盛(佐藤浩市)の抗争に、主人公のガンマン(伊藤英明)が問題解決に乗り出します。
同年には、舞台【座頭市】の演出・脚本も手がけています(2007~2008年)。子母澤寛の原作で勝新太郎主演による映画化で一世風靡したシリーズの舞台劇化です。
2010年、配給会社が連携して<サムライ・シネマキャンペーン>と題した取り組みがなされます。
池宮彰一郎原作【十三人の刺客】(〔東宝〕配給)、吉村昭原作【桜田門外ノ変】(〔東映〕配給)、池宮彰一郎原作【最後の忠臣蔵】(〔ワーナー・ブラザース〕配給)、宇江佐真理原作【雷桜】(〔東宝〕配給)、磯田道史原作【武士の家計簿】(〔アスミック・エース/松竹〕配給)が順に公開され、時代劇映画を盛り上げます(2010年)。
三池崇史はこのとき、十三人の刺客を監督しました。脚本は天願大介(今村昌平長男。映画監督作には【暗いところで待ち合わせ】、【デンデラ】など)が手がけます。
同作は工藤栄一監督作(1963年〔東映〕配給)のリメイクでした。当時の脚本は池上金男(のち小説家・池宮彰一郎)です。池上金男はこの映画で京都市民映画祭脚本賞を受賞しています(1963年)。
十三人の刺客では、実在の播磨国明石藩第7代藩主・松平斉韶(まつだいらなりつぐ)の名が暴君として登場します。
明石藩が養嫡子として迎えた松平斉宣(江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の二十六男で12代将軍・徳川家慶の異母弟。明石藩第8代藩主)の史実に、松平斉宣が参勤交代の際に起こした刃傷沙汰と尾張藩との対立の巷説が採り入れられます。
この松平斉宣のエピソードが同映画では松平斉韶とされ、将軍の異母弟で横暴とされました。
暴君・松平斉韶(菅貫太郎)の老中就任が近づくなかで、その就任を危惧する筆頭老中の土井大炊頭利位(どいおおいのかみとしつら:丹波哲郎)は旗本・島田新左衛門(片岡千恵蔵)に松平斉韶の暗殺を命じます。このとき島田新左衛門は自身を含む刺客13人を集めました。
筆頭老中の土井大炊頭利位(丹波哲郎:平幹二郎)の命で集められた13人の刺客のうち主要メンバーは以下の面々です。
旗本・島田新左衛門(片岡千恵蔵:役所広司)、御徒目付組頭の倉永左平太(嵐寛寿郎:松方弘樹)、島田新左衛門の甥・島田新六郎(里見浩太朗:山田孝之)、島田家の客分の剣豪・平山九十郎(西村晃:伊原剛志)などの剣客です。
三池崇史版では、木賀小弥太(山城新伍:伊勢谷友介)が郷士から山の民に変更されます。黒澤明【七人の侍】の主人公で武士に憧れる農民出身の菊千代を想起させる人物設計がなされ、武家の存在に疑問が投げかけられました。
13人に対するのは、暴君・松平斉韶(菅貫太郎:稲垣吾郎)、その藩主を守る明石藩の軍師・鬼頭半兵衛(内田良平:市村正親)らの多勢です。
暴君・松平斉韶についても三池崇史版では、武家がもたらした太平の世の矛盾、形だけの藩主の孤独などが強調されました。
撮影場所は、三池崇史版では山形県鶴岡市にある庄内映画村オープンセット(現・スタジオセディック庄内オープンセット)などが使用されています。
同作は、第34回日本アカデミー賞の優秀作品賞や優秀監督賞の他、第32回ヨコハマ映画祭・作品賞など多数の賞を受けました。
十三人の刺客では、島田新左衛門と鬼頭半兵衛の対立が見せ場です。
工藤栄一監督版では互いに侍の身分を重んじる立場だった内容を、三池崇史版では旗本のエリートとしての島田新左衛門(役所広司)と叩き上げの鬼頭半兵衛(市村正親)とにキャラクター分けが明確にされました。
そして、天下万民(島田新左衛門)と主君(鬼頭半兵衛)との言葉を用いて2人はぶつかります。
鬼頭半兵衛
「昔からわしは家柄のいい旗本衆がうらやましくてな。お主が御書院番になる。わしが2年遅れてようやく同役となったらお主はお目付けだ。お主に追いつけの焦りで、お声がかかったを幸いに、斉韶様明石御養子縁組のお伴をしてようやく千石となった。その千石がかかるはめになり。お主とは悪い巡り合わせだな」
島田新左衛門
「お互い、それしか生きようがなかったのだ。それが侍というものだ」
鬼頭半兵衛
「間宮殿も同じ腹を斬るなら殿の御前で斬ってくれたらと思うも、わしも斬るつもりであったがお手をとって頼まれた御父に先の将軍家が目の前にちらついてな。そう言えば聞こえがいいが、所詮お主に勝てなかったと思うとそれがたまらぬ悔いとなって腹切れなんだ」
島田新左衛門
「わしは天下万民のため、なすべきことをするまで」
鬼頭半兵衛
「天下万民だと。侍のなすべきことはただひとつ、主君に仕えることではないのか」
島田新左衛門
「悪い巡り合わせかな」
映画【十三人の刺客】
三池崇史は尼子騒兵衛の忍者ギャグ漫画を原作とする【忍たま乱太郎】(2011年〔ワーナー・ブラザース〕配給)を経て、再び時代劇のリメイクを手がけます。
小林正樹監督作【切腹】(1962年〔松竹〕)のリメイクです。滝口康彦の時代小説の短編【異聞浪人記】を原作に、脚本を橋本忍(代表作:【七人の侍】、【私は貝になりたい】、【ゼロの焦点】など)が手がけました。カンヌ国際映画祭にも出品され、審査員特別賞を受賞しています(1963年)。
同短編は江戸時代中期に記された逸話集【明良洪範】に基づき、太平の世に流行したとする狂言切腹を採り上げます。貧しさから裕福な大名屋敷を訪ねる浪人の行為です。切腹の場として庭先を借りる申し出をするもあらかじめ拒否されることを想定し、代わりに金子(きんす:*金銭のこと)をせびります。
切腹では、井伊直孝(彦根藩第2代藩主)の江戸屋敷を訪ねた浪人・千々岩求女(ちぢいわもとめ:石濱朗)が狂言切腹を申し出ます。すると井伊家家老の斎藤勘解由(さいとうかげゆ:三國連太郎)は屋敷に迎え入れ、切腹へと至らせます。狂言切腹への忌々しさ、武家の誇りからでした。
真の貧しさゆえ千々岩求女が腰に差していたのは竹光でした。それでも斎藤勘解由はその竹光で切腹を強行させました。介錯を務めた沢潟彦九郎(おもだかひこくろう:丹波哲郎)も必要以上に介錯を長引かせました。
主人公の津雲半四郎(つくもはんしろう:仲代達矢)は娘の婿・千々岩求女の無念を晴らすべく、井伊家を訪ねます。
三池崇史版の切腹は表題が改められ、【一命】(2011年〔松竹〕配給)と改題されました。脚本は山岸きくみが手がけます。撮影場所には南禅寺(京都市)などが使用されています。
全編3Dでの撮影も行われ、第64回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でも上映されています。
一命では、千々岩求女(瑛太)の妻・美穂(満島ひかり)とのやりとり、主人公の津雲半四郎(11代目・市川海老蔵=現13代目・市川團十郎)の息子夫婦への想いなどが強調されます。
また、井伊家家老・斎藤勘解由(役所広司)とその家臣・田尻(竹中直人)のやりとり、井伊掃部頭直孝(いいかもんのかみなおたか:平岳大)も登場し、武家の空虚さがより強調されました。
三池崇史版では物語の最後に変更が加えられました。小林正樹版の武家の不条理以上に家族愛が強調されました。
津雲半四郎の真剣を千々岩求女と同様の誰も斬ることのできない竹光へと変更します。そして、小林正樹版では井伊家の家宝の鎧兜(赤備え)を投げたうえでそれでも武士として切腹を選び、にもかかわらず鉄砲が放たれその音による最期となっていた場面を次のように変更しました。
斎藤勘解由
「切り捨てい」
津雲半四郎、鞘に入った刀を抜くと竹光。鞘を捨てる。
斎藤勘解由、結末を悟ったように立ち去る。
津雲半四郎、多勢のなか一人で立ち回り(額を叩く、足を払う)。
斎藤勘解由と家臣・田尻、庭で長く続く騒動に耳を止める。
津雲半四郎、屋敷の奥へ奥へ。
頬を斬られ、息は上がる。再び庭へ。そして屋敷へ。竹光が折れる。さらに息が上がる。その背には井伊の赤備えの鎧兜。
津雲半四郎、その鎧兜を見て目をむいてあざ笑う。
斎藤勘解由、再登場。
津雲半四郎
「武士の面目とは所詮瞳を飾るものと見受けまする」
再び津雲半四郎、立ち回り。敵を投げて鎧兜を倒す。
斎藤勘解由
「乱心者めが!」
津雲半四郎
「拙者が狂うておると。拙者はただ生きて春を待っていただけだ」
静観する多勢。それまでの気概が途切れたかのように両手を広げる津雲半四郎。そこにひと斬り、ふた斬り、ひと刺し。津雲半四郎、膝まずき、倒れた。
千々岩求女とその妻、その赤子との回想。
津雲半四郎、目をむいて果てていた。
映画【一命】
一命で脚本を担当した山岸きくみは、韓国映画のリメイク【カタクリ家の幸福】(2002年〔松竹〕配給)以来の三池崇史監督作品となりました。
その後、同映画の主演だった沢田研二が主演した舞台の脚本を担当します。
【歌劇 人情酸漿蛍(にんじょうほおずきぼたる)】(2004年)、川上弘美の【センセイの鞄】の舞台版です(2005年)。
一命の前年には、阪本順治監督作【座頭市 THE LAST】(2010年)の脚本を担当していました。主人公・座頭の市は、香取慎吾が務めています。
一命のあとも山岸きくみ脚本による三池崇史監督作品は続きます。
【喰女-クイメ-】(2014年〔東映〕配給)です。【誰にもあげない】として自身でノベライズもしています。
四谷怪談を題材にし、長谷川浩介と伊右衛門(11代目・市川海老蔵=現13代目・市川團十郎)、後藤美雪と民谷岩(柴咲コウ)の主人公カップルが、俳優と演じる役との見境いがなくなっていくホラーでした。
近作ではバーナード・ローズ監督作【サムライマラソン】(2019年〔ギャガ〕配給)の脚本も手がけます。原作は土橋章宏の時代小説【幕末まらそん侍】です。