明治20年代生まれの刀剣小説家

直木三十五
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直木三十五 直木三十五
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『日本剣豪列伝』が遺稿となった直木三十五(なおきさんじゅうご)。その名は現在直木賞として知られます。初恋は劇場で観た女剣舞師と記した直木は生涯に亘って剣を描きました。

剣を愛した直木三十五

仇討二十一話

仇討二十一話

劇場で観た女剣舞師が初恋と記す直木三十五。

関東大震災で被災し、故郷・大阪へ。大阪発の雑誌『苦楽』(プラトン社)の編集者となり、同誌での自身の連載をまとめた『仇討十種』(1924年)で、最初の評判を得ます。

荒木又右衛門の仇討ち(鍵屋の辻の決闘)、赤穂事件(忠臣蔵)など、敵討ちにまつわる立ち回りを紹介しました。

その後、「剣劇」を創始したとされる新国劇の創設者・沢田正二郎の主演映画『月形半平太』では制作総指揮を務めるなど、多彩に活躍していきます。

剣の評論家・直木三十五

直木は、評論活動も積極的に行ないます。

そのひとつ「大衆文芸作法」(1932年『新文芸思想講座』初出)では、武道の参考文献として、『武術叢書』(国書刊行会編)・『剣道学』(金子近次)・『日本剣道史』(山田次朗吉)などを挙げ、当時の人気小説、『大菩薩峠』(中里介山)・『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎)・『赤穂浪士』(大佛次郎:おさらぎじろう)などの斬り合いの描写も紹介しました。

剣の作家・直木三十五

南国太平記

南国太平記

作家としては、『由比根元大殺記』(ゆいこんげんだいさつき)(1929年『週刊朝日』連載)、『南国太平記』(1930~1931年『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』連載)が代表作となりました。江戸時代初期の徳川家光と忠長の兄弟対立(駿河大納言事件)、江戸時代末期の薩摩藩のお家騒動(お由羅騒動)を、それぞれ素材に描いています。

『由比根元大殺記』の主人公は、京流の剣客・牟禮郷之助です。郷之助は、肥後熊本藩の加藤忠広家の改易によって浪人となるも、徳川忠長に仕えることになり、忠長と敵対する兄・家光と春日局側と対立します。

直木は、郷之助と隠密活動を行なう興津直正とが最初に出会った斬り合いの一場面を、「灼熱弾」という表現で描写しました。ありふれた立ち回りとは趣を異にする斬り合いを目指したと述べています。

「たっ」

爆弾の圧力だ。それは声ではなく、力の放射だ。そして、同時に、心も、身体も、呼吸も、脚も手も、刀も、それは一塊の灼熱弾だ。いかなる力も、技も、それを受けるべきでない。よけるべきだ。

「とうっ」

軽く、冷やかに、だが、全力的に、よけて飛んだ。二人は、鼻口から、大きく震えて、息を吸った。

そして、お互いに、全身の神経で、警戒すると共に、敵を誉める気持ちが、ちらッとかすめた。

『由比根元大殺記』より

また、『南国太平記』の主人公・仙波小太郎は、薩摩藩島津家の藩士から浪人となり、鏡新明智流(きょうしんめいちりゅう)を身に付けています。直木は物語の舞台となった鹿児島を訪れ、薩摩藩のご流儀・示現流も取材しています。

遺稿は剣豪列伝だった直木三十五

日本剣豪列伝

日本剣豪列伝

遺稿となった『日本剣豪列伝』(1934年『講談倶楽部』連載)では、上泉信綱(新陰流)・柳生一門(柳生新陰流)・伊藤一刀斎(一刀流)・小野忠明(小野派一刀流)・宮本武蔵(二天一流)・富田勢源(とだせいげん:富田流)・吉岡憲法(よしおかけんぼう:吉岡流)、千葉周作(北辰一刀流)、大石進(大石神影流)、斎藤弥九郎(神道無念流)、桃井春蔵(鏡新明智流)、山岡鉄舟(一刀正伝無刀流)らを取り上げました。

最期まで剣を愛した直木三十五

43歳でこの世を去った直木は、現在その名を文学賞に残します。

彼の功績を讃え、親友・菊池寛が直木三十五賞を創設。第1回目の選考委員には、白井喬二三上於菟吉(みかみおときち)、吉川英治、大佛次郎ら当時の流行作家が名を連ねました。

女剣舞師が初恋だったと言う直木。また亡くなる間際、幕末の直心影流の剣客・男谷信友(おたにのぶとも)の親族から資料として借りていた信友の愛刀・青江恒次のことを気にかけていたとも言う直木。直木作品には、常に剣士への憧れが流れています。

著者名:三宅顕人

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名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(名博メーハク) 名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(名博メーハク)
名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(名博メーハク)では、重要文化財などの貴重な日本刀をご覧いただくことができます。
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土師清二

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『砂絵呪縛』でその名を残す土師清二(はじせいじ)。歌舞伎の時代小説化で小説家としてのキャリアを始めた土師は、傾奇者や隠密・浪人など武士道をはみ出す日本刀の世界を描きました。

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国枝史郎

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子母澤寛

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『新選組遺聞』を含む新選組三部作を遺した子母澤寛(しもざわかん)。その後、多くの新選組小説を生みだしていく端緒となった子母澤は、幕末に生きた実在の剣客に関心を寄せ続けました。

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吉川英治

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佐々木味津三

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『旗本退屈男』でその名を残す佐々木味津三(ささきみつぞう)。純文学から大衆文学へ移行してきた佐々木は、当時人気を博していた『半七捕物帳』と『丹下左膳』の時代小説を巧みに換骨奪胎しました。それは当時の時代小説の人気ぶりを教えてくれます。

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『雪之丞変化』でその名を残す三上於菟吉(みかみおときち)。翻訳・現代物から髷物へ移行し人気を博した三上は、時代小説の幅を大きく広げました。そこには日本刀を用いない試みがなされています。

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白井喬二

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長編『富士に立つ影』で一躍有名になった白井喬二(しらいきょうじ)。芥川龍之介にも賞賛されたその想像力で日本の伝奇小説を大きく発展させました。その刀剣観も独特のものでした。

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