強大な軍事力を誇った、「古代ローマ軍」。その強さの秘密には、対峙した数多くの優れたライバルの存在がありました。古代ローマ軍は、敵の武器を徹底的に研究・攻略し、独自の剣を開発していたのです。「トラキア人」の大刀「ロンパイア」、「ダキア軍」の大刀「ファルクス」、「ケルト軍」の剣「ファルカ-タ」など。その威力と品質に迫ります!
紀元前10世紀頃、東ヨーロッパ一帯にトラキア人と言う民族が暮らしていました。当時、彼らは血気盛んな民族として名を馳せており、その勇ましさに隣国のギリシャやローマも恐れをなすほどだったそうです。しかし、トラキア人の歴史的な記録は非常に限られた物で、その実態はいまだ多くの謎に包まれているのです。
紀元前8世紀頃の古代ギリシャで、西洋文学の先駆者と言われるホメーロスによって書かれた「イーリアス」という神話物語にトラキア人が描かれており、これが彼らの最古の記録だと考えられています。
これ以降にもギリシャやローマにおいては、トラキア人の強さについて言及している書物が発見され、その中に彼らの性質や武器について研究していたことが窺える資料が遺されていました。それによると、トラキア人は剛猛な気質をあらわすかのような、大きな刀を武器に戦場へ繰り出していたようです。
トラキア人の主要武器は、全長2mもあるロンパイアと呼ばれる大刀で、ヒルト(柄)と刀身がほぼ同じ長さの長柄武器だったそうです。湾曲した刀身は鎌のような形状で、内側に刃が付いている片刃の刀身でした。
紀元前1世紀に古代ローマの歴史家によって書かれた書物には、ロンパイアを扱うトラキア人の荒々しい強さが描かれており、軍馬の脚を切断する戦法や、討ちとった敵の首を突き刺して掲げるためにこの大刀が使われていたと記されていたようです。
先述のトラキア人が住んでいたトラキア地域(現在のブルガリア・ギリシャ・トルコ周辺)の近隣、ダキア地方(現在のルーマニア周辺)にもトラキア系民族が居住しており、彼らは「ダキア人」と呼ばれていました。
1世紀頃、ダキア人はひとりの王を中心に結束し、古代ローマにとって脅威となる存在でした。もちろん、彼らもトラキアの血が流れる勇猛な民族です。ローマ軍は勢力を付けたダキアを早々に討伐するために戦いを仕掛けますが、トラキア人と同じく大刀を振りかざすダキア軍に圧倒され、陥落に追い込まれてしまいます。
ローマ帝国の兵士を撃ち破ったダキア人は、巨大な刀ファルクスという武器を使っていました。全長はおよそ120cm。トラキア人の大刀ロンパイアのように湾曲した片刃の刀身で、グリップ(握り)は両手で握るために大きめに作られています。鋭い切先は敵兵の手足をいとも簡単に斬り飛ばしてしまうほどの驚異的な切れ味だったと言われており、この大刀に苦しめられたローマ軍は、ファルクスに対する攻略法を研究し、兵士達の手足を保護する強力なプロテクターを開発しました。万全の体制で再びダキア軍に挑んだローマ軍は、101年から2度にわたって繰り広げられたダキア戦争に勝利し、見事ダキアの征服に成功しました。
こうしてダキア人を含むトラキア系民族は、2世紀以降、古代ローマ帝国に支配されていきます。そして、トラキア独自の文化や言語は、ローマ文化に吸収されていくうちにいつしか消滅してしまったのです。
中央アジアから戦闘用馬車に乗って大陸を横断していたケルト人は、青銅器時代に西洋に渡来したと考えられています。紀元前500年までの間に中央ヨーロッパを中心にヨーロッパ各地へ広がり、紀元前400年頃になるとさらに勢力が拡大し、ローマへの侵攻をはじめます。ローマ軍は迫りくるケルト人と対峙しながらも、彼らの腰強な戦いぶりや武器を見て少しずつ影響を受けるようになっていったのです。
戦士としてのポリシーを大切にしていたケルト人にとって、剣は権力や名誉を誇示するための特別な武器でした。彼らが持つ剣は、当時の西洋剣と比べても非常にクオリティーの高い物で、西洋に渡来したばかりの初期の時代は主に上流階級の戦士だけが所有できたようです。
そんなケルト人が所有していた剣の中から、ローマ軍の武器や防具の進化のきっかけにもなったファルカータという刀について、紹介していきましょう。
ケルトの代表的な刀「ファルカータ」は、頑丈で鋭い切れ味を持つ片刃の曲刀です。斧のような形状で、鉄製のヒルト(柄)が特徴的なフック状になっていて、馬や鳥の頭部を象ったポンメル(柄頭)が付けられている物もありました。
この刀の起源は、ケルト人が多くの刺激を受けた古代ギリシャにあると言われ、古代ギリシャで作られていた「コピス」という打撃力のある鎌剣から派生した物と考えられています。
また、多くのローマの歴史家がファルカータの攻撃力を評価しており、紀元前3世紀頃の共和制ローマの軍隊がケルト人と戦闘した際には、ファルカータによってローマ軍の盾や鎧は斬り裂かれてしまうほど、圧倒的な威力があったと伝えられています。
第2次ポエニ戦争(紀元前219~201年)の際にヒスパニア系ケルト人が使用していたファルカータ。この剣は特に優れた物だったようで、ローマ軍の兵士も敵陣の剣の品質に驚いたと言われているほど。この品質の高さは独特な製法で作られていることに起因しており、鍛造した鋼板を地中に埋め、2~3年間かけて腐食した弱い鋼を取り除いて、強い鋼板を完成させていました。さらに、この強度の高い鋼板を模様溶接で鍛え直すことで、激しい戦いにおいても折れない強靭な剣身を作り上げていたのです。この頑丈なファルカータと対峙したことによって、ローマ軍は装備の改良・強化に取り組まなければ勝てないことを悟ったのでしょう。
その後、ローマ軍はファルカータの攻撃に耐えられるような甲冑(鎧兜)や、ファルカータに対抗して「グラディウス」というローマ軍の象徴となる剣を開発していきました。