【シミュレーションウォーゲーム 信長の野望】(1983年〔光栄マイコンシステム/光栄〕・PC-8001/PC-8801版他)。ボードゲームによって発展していたウォー・シミュレーションゲームのジャンルをパソコンゲーム化。合戦場面と領国経営という2つの要素を併せ持つ独自性が発明され、「歴史シミュレーションゲーム」と呼ばれるジャンルを築く。
(■織田信長とウォー・シミュレーションゲーム:合戦場面+領国経営)
日本の歴史シミュレーション(模擬実験)ゲームの起源は、民生用コンピュータが「マイコン」から「パソコン」と呼ばれるようになって普及した頃です(1980年代)。歴史シミュレーションゲームでは、アクション(動作)やシューティング(射撃)とは違い、川中島の戦いや関ヶ原の戦いなど史実を題材に、歴史のif(もしも)を楽しむことが重んじられます。その根底にはボード(盤)ゲーム思考があります。
2016年(平成28年)10月26日、「歴史シミュレーションゲームの日」が認定されました(一般社団法人 日本記念日協会)。
その日から遡ること35年前に、マイコン版【シミュレーションウォーゲーム 川中島の合戦】(1981年〔光栄マイコンシステム/光栄〕)が発売され、その日が記念日となりました。
同ゲーム発売の前年、武田信玄の影武者を描いた黒澤明の映画【影武者】が公開されており、武田信玄に関心が高まっていた時期でもありました。
シミュレーションウォーゲーム 川中島の合戦では、プレイヤーは武田信玄となり、上杉謙信との川中島の戦いに挑みます。開発者シブサワ・コウは合戦をゲーム化するにあたり、将棋をモデルにしたと言います。
同ゲームは当初、価格の値引きが強いられる一般向けの卸売はせず、言い値が貫ける通信販売のみで発売されました。これは株式市場に長けた開発者の妻の意向でした。結果、売値を下げることなく愛好家の口コミを通じて1万本が売れたと言います。
そんな同ゲームは、【シミュレーションゲーム 投資ゲーム】(1981年〔光栄マイコンシステム/光栄〕)と同時発売でもありました。歴史と投資という異なるジャンルの同時発売は、のちに記念碑的なパソコンゲームを生み出すことになります。
世界初の個人向けコンピュータが開発され(1974年)、国産各社が8ビットのコンピュータを発表するなか(1978年)、国産コンピュータPC-8001が発売されます(1979年〔NEC〕)。
PC-8001は当時普及していたマイクロコンピュータの略語マイコンではなく、パーソナルコンピュータの略語PCが使用された初の国産コンピュータでした。この機器の登場をふまえ、発売元はこの年の発売月の9月を、「パソコン記念日・パソコンの日」としています。
2年後、この8ビットのPC-8000シリーズの上位互換機PC-8001/PC-8801が発売されます(1981年)。同機シリーズの発売をきっかけに国内のパソコン市場、ゲーム市場が大きく広がりを見せることになりました。
川中島の合戦と投資ゲームも、PC-8001/PC-8801に移植がなされます。
両作の開発メーカーは、PC-8001/PC-8801用の様々なジャンルのパソコンゲームを発表していきます(【クフ王の秘密】、【コンバット】、【サンセット・イン・ラディック】、【ダスブート】、【地底探検】、【ドラゴン&プリンセス】、【ノルマンディー上陸作戦】、【連珠】など)。
そんな黎明期に発表したパソコン版ウォー・シミュレーションゲームのひとつが【シミュレーションウォーゲーム 信長の野望】(1983年〔光栄マイコンシステム/光栄〕・PC-8001/PC-8801版他)です。
開発者は信長の野望を制作したきっかけについて、本能寺の変以後に、もしも織田信長が生きていたら歴史はどうなっていたかを想像したため、と述べています。歴史への関心は自身が司馬遼太郎の愛読者であったことで、戦国武将のなかでも織田信長を好んでいたと言います。
同ゲームではプレイヤーは織田信長か武田信玄を選び、近畿から中部にかけて17ヵ国の統一を目指します。大きな特徴は領国経営の視点の強調です。ゲーム上では合戦場面と領国経営場面との二つの場面が用意されました。領国経営では治水工事や開墾、町をつくる、(領民に)金米を与えるなどの行動指示(コマンド)で富国強兵に努めます。
川中島の合戦と投資ゲームの思考がここでつながりました。これまでにない独自のウォー・シミュレーションゲームとなった同ゲームは多くの支持を得、ヒットしました(旺文社【パソコンゲームランキングブック】シミュレーション部門で第1位獲得)。
信長の野望のヒットは、歴史シミュレーションゲームというジャンルの誕生につながります。それはPC-8001/PC-8801シリーズの上位互換機で16ビットのPC-9801(1982年発売)への移行期にもあたりました。
信長の野望の開発メーカーはそのあと、プレイヤーがチンギスハーンになるウォー・シミュレーションゲーム【蒼き狼と白き牝鹿】(1985年〔光栄〕・PC-9801版他)、プレイヤーは君主のひとりになるウォー・シミュレーションゲーム【三國志】(1985年〔光栄〕・PC-8001/PC-8801版他)を続けて発表します。
三國志では人間ドラマが重視され、登場する配下武将に個性をもたせたのが特徴です。その設定には吉川英治【三国志】や横山光輝【三国志】の影響も感じられます。同作の開発時期にはNHKで【人形劇 三国志】(1982~1984年)も放送されていました。
開発者はこれらのシリーズを総じて「歴史三部作」とくくりました(1986年頃)。
歴史三部作を発表後、信長の野望のファンの声に応え、【信長の野望 全・国・版】(1986年〔光栄〕・PC-8801版他)も発売されます。50ヵ国の統一、8プレイヤーまで可能、戦国武将の顔をグラフィック化、本能寺の変のイベントなどが導入されています。音楽は三國志への参加が作曲家デビューとなった菅野よう子です。
こうして用語としての「歴史シミュレーションゲーム」が確立します(1990年頃)。以後、開発メーカーは歴史シミュレーションゲームに特化していくことになります。
歴史三部作に続いて開発メーカーは、【維新の嵐】(1988年〔光栄〕・PC-9801版他)を発売します。
佐幕派・公儀派・尊皇派の3つの思想が乱立する各藩を統一し、明治維新を目指します。プレイヤーは小栗忠順(佐幕派)・坂本龍馬(公儀派)・西郷隆盛(尊皇派)など3派の幕末の人物となり、選んだ派閥の視点による計3つの物語を楽しむことができます。
同ゲームには、それまでのシミュレーションゲーム(SLG)の要素だけでなく、ロールプレイングゲーム(RPG)やアクションゲーム(ACG)の要素も加わり、その複合手法は、自社名を折り込んだ「リコエイション(RÉKOEITION)ゲーム」という造語で表現されました。
PC-8001/PC-8801が発売された年、第2次世界大戦後に海外で生まれたボードゲーム版ウォー・シミュレーションゲームの系譜も新時代を迎えます。
「ワールドウォーゲーム」と題されたシリーズの登場です(1981年スタート。〔レックカンパニー〕企画・〔エポック社〕販売)。
日本で初めてゲームデザイナーを名乗ったとされるゲーム愛好家チーム(鈴木銀一郎・黒田幸弘)が企画し、野球盤を大ヒットさせていたボードゲームメーカーが販売しました。
第2次世界大戦物でスタートした同シリーズで最初の戦国時代物となったのは、第5作【関ヶ原】(1982年)です。司馬遼太郎原作のテレビ時代劇【関ヶ原】が放送された翌年にあたります。
ワールドウォーゲームシリーズが始まった1980年代初頭は、複数社からウォー・シミュレーションゲームのボードゲームが発売されました。
第2次世界大戦物でスタートした「ifシリーズ」では、近代以前の日本史物は【関ヶ原】(1981年〔バンダイ〕)に始まります。同シリーズの戦国武将物は【織田信長】(1982年〔バンダイ〕)が最初となっています。
「EWEシリーズ」も第2次世界大戦物でスタートしたボードゲームです。シリーズ第3弾【決戦関ヶ原】(1983年〔エポック社〕)などがあり、天候・調略・付加戦闘力といった不確定な要素はLED(発光ダイオード)仕様のスイッチを押して結果を委ねるのが特徴でした(電子判定装置)。EWEはエポック・ウォーゲーム・エレクトロニクスの略語です。
そのあとも【幸村外伝 真田幸村 大坂夏の陣】(1986年〔ツクダホビー〕)に始まる「戦国合戦シリーズ」や、【信玄上洛 風の巻】(1986年〔ツクダホビー〕)に始まる「戦国群雄伝シリーズ」などのボードゲームが続いています。
ボードゲーム版のウォー・シミュレーションゲームと、パソコン版のウォー・シミュレーションゲームを橋渡しした動きも生まれます。
アメリカの人気ボードゲーム版とパソコン版のウォー・シミュレーションゲームを輸入・移植していた国内の企業が、独自の「コンピューター・シミュレーション・ゲーム(CSG)」の開発を始めます(1982年〔木屋通商〕)。
この開発メーカーは日本を舞台にした【関ヶ原の合戦 戦国を決めた1日】、海音寺潮五郎の時代小説と同名の【天と地と 信玄と謙信、川中島の合戦】などのパソコンゲームを制作します(共に1982年〔木屋通商〕開発・〔CSK〕発売)。
その翌年にはさらに多くのソフトを提供し、日本を舞台にしたパソコン版ウォー・シミュレーションゲームが大きく発展することになりました(【大坂の陣 大坂冬の陣、戦国最大の激突】、【奇襲!桶狭間 織田信長の登場】、【源義経 奇襲!一ノ谷の合戦】、【新撰組 池田屋襲撃、嵐の幕末】、【武田軍団の最期 長篠の合戦、織田鉄砲隊の勝利】など)。
そして国内で、ボードゲームの作者が開発に携わったパソコンゲームも登場しました。
ワールドウォーゲームのシリーズ第11作となるボードゲーム【戦国大名】(1983年〔エポック社〕)に基づき、【天下統一】(1989年〔システムソフト〕・PC-9801版他)としてパソコンゲーム化されました。
ワールドウォーゲームの企画者によるこのパソコン版歴史シミュレーションゲームでは、プレイヤーは織田信長・武田信玄・上杉謙信など著名な戦国武将を選び、天下統一を目指します。
天下統一の発売と同じ年には、津本陽の時代小説の表題を彷彿とさせる【GE・TEN 戦国信長伝・下天】(1989年〔GE・TENチーム〕開発・〔ホクショー〕発売・PC-9801版他)が発売されています。足利義昭(室町幕府第15代将軍)を奉じて織田信長の上洛から始まるなど、このパソコンゲームでは歴史のifではなく、史実を重んじることにこだわっています。
同年は他に、戦国武将だけでなく一介の浪人も選べる【斬~陽炎の時代~】(1989年〔ウルフチーム〕・PC-9801版他)も発売されています。ゲーム内で起こった出来事に基づく自分だけの戦国年表機能が導入されました(ライヴ・シミュレーション)。
1990年代となったその翌年には、西洋人から見た勘違いされた戦国時代を舞台設定とした【HARAKIRI】(1990年〔ゲームアーツ〕・PC-8001/PC-8801版他)も発売されています。織田信長と源頼朝(鎌倉幕府初将将軍)、足利尊氏(室町幕府初代将軍)が同時代の存す。アメリカで西洋人向けの忍者映画を流行させた俳優ショー・コスギのパロディ、S・小杉なる人物も登場します。
同年は他にも、上杉謙信を主人公とする海音寺潮五郎原作映画とのタイアップ作品【天と地と】(1990年〔工画堂スタジオ〕開発・〔コナミ〕発売・PC-9801版他)が制作され、さらにその翌年にはプレイヤーが西軍・石田三成か東軍・徳川家康になることを選ぶ【関ヶ原】(1991年〔アートディンク〕・PC-9801版他)が発売されました。パソコン版歴史シミュレーションゲームの類似化が始まっています。
その頃、すでに家庭用テレビゲーム機が台頭しており、パソコン版歴史シミュレーションゲームは別の局面を迎えていました。