シミュレーションゲーム【不如帰】(1988年〔タムテックス〕開発・〔アイレム〕発売)。歴史シミュレーションゲームというジャンルを築いたパソコンゲーム【シミュレーションウォーゲーム 信長の野望】の発売から5年後に誕生。歴史のif(もしも)を楽しむジャンルに、よりリアルな戦国時代の価値観が導入された。
(■数の論理ではない歴史シミュレーションゲームの誕生)
通称ファミコンで知られる家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(1983年〔任天堂〕)の爆発的な普及によって、パソコンゲームで発展していたジャンル「歴史シミュレーションゲーム」もファミコンに登場します。1988年、複数の同ジャンルのソフトが発売され、その結果、子どもが家庭用ゲームを通じて日本の歴史を楽しむという時代が訪れます。
「歴史シミュレーションゲーム」という言葉を生み出すことになった、織田信長の名を冠したパソコンゲーム【シミュレーションウォーゲーム 信長の野望】(1983年〔光栄マイコンシステム/光栄〕・PC-8001/PC-8801版他)は、司馬遼太郎の歴史・時代小説の愛読者だったシブサワ・コウが開発しました。
プレイヤーは、近畿から中部にかけて17ヵ国を舞台に天下統一を目指します(同時プレーは2人まで:織田信長と武田信玄)。
その人気から3年後には、【信長の野望 全・国・版】(1986年〔光栄〕・PC-8801版他)へと発展します。ゲーム地図は、全国50ヵ国へと広がりました(同時プレーは8人:戦国武将50人から自由に選択可能)。他に、戦国武将の顔をグラフィック化、条件を満たすと発生するイベント・本能寺の変(織田信長が消滅)、他の戦国大名を暗殺することができる忍者という行動指示(コマンド)なども導入されました。
同作は、当時小学生を中心に爆発的人気となっていた家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(通称ファミコン)に移植されます(1988年)。
その1988年はファミコンに、歴史を題材にしたシミュレーションゲーム(戦争や経営などを題材に模擬実験を楽しむジャンル)が多数登場した記念年ともなり、「歴史シミュレーションゲーム」という言葉が確立することになります(1990年頃)。
パソコン版の信長の野望 全・国・版は1988年、日本ソフトバンク年間売れ筋総合ランキング第1位を受賞。翌年には海外版【Nobunaga’s Ambition】がアメリカでBest Strategy Game of the Yearを受賞しました。
そんな時期、信長の野望 全・国・版のファミコン版は、当時のファミコンソフトの2倍近い価格で発売されます(9,800円)。戦国武将の名前はひらがな表記になったとはいえ、合戦と領国経営という2つの要素を楽しむゲーム仕様は、子どもにとっては少々難易度の高いゲームソフトでした。
ファミコン版の信長の野望 全・国・版の発売と同月、シミュレーションゲーム【武田信玄】(1988年〔ホット・ビィ〕)も発売されます。
この年に放送された中井貴一主演によるNHK大河ドラマ【武田信玄】(原作・新田次郎)のタイミングに合わせられました。同ドラマは大河ドラマ歴代視聴率2位の記録を保持しています。
プレイヤーは武田信玄となり、3本のシナリオをクリアします。まず甲斐国(現在の山梨県)周辺13ヵ国制覇。次に上杉謙信との川中島の戦い(7連戦)。そして織田信長との関ヶ原を舞台にした戦い(7連戦)です。
シナリオ1は領国経営に関する行動指示(コマンド)はあるものの主に合戦が中心、シナリオ2と3は合戦に特化という合戦に力を入れたゲームソフトでした。
翌月には、シミュレーションゲーム【独眼竜政宗】(1988年〔ナムコ〕)も発売されます。前年のNHK大河ドラマは伊達政宗を主人公とする【独眼竜政宗】(原作・山岡荘八)で、渡辺謙主演による同ドラマは大河ドラマ歴代視聴率1位を誇っています。
プレイヤーは伊達政宗となって奥羽(現在の青森県・岩手県・宮城県・福島県と秋田県一部)の統一を目指します(11ヵ国)。行動指示(コマンド)は一目で分かるように絵文字化(アイコン)、随時ミニゲーム(流鏑馬など)も用意されるなど、子どもも楽しめる工夫が盛り込まれました。
信長の野望を開発したメーカーは、パソコンゲーム【三國志】(1985年〔光栄〕・PC-8801版他)を発売しています。プレイヤーが君主のひとりになるこのウォー・シミュレーションゲームも1988年、ファミコンに移植されました(1988年10月30日)。
パソコン版はこの年、月刊ログインBHS大賞(読者が選ぶ年間TOP20)第1位を受賞。翌年には海外版【Romance of the Three Kingdoms】がアメリカでStrategy Game of the Yearを受賞しています。
1988年、独眼竜政宗のメーカーも、シミュレーションゲーム【三国志 中原の覇者】(1988年〔ナムコ〕)を発売しています。三国志を題材にしたファミコン化はこちらの方が数ヵ月早く、家庭用ゲーム初の三国志物となっています(1988年7月29日)。
1988年は他にも、歴史を題材にしたシミュレーションゲームがファミコンに登場します。
シミュレーションゲーム【不如帰】(ほととぎす:1988年〔タムテックス〕開発・〔アイレム〕発売)です。
不如帰では、プレイヤーは40人の戦国武将のなかかから1人(盟主)を選んで、天下統一を目指します。ファミコン版の信長の野望 全・国・版では登場しない、長野業正(ながのなりまさ)、村上義清(むらかみよしきよ)、松永久秀(まつながひさひで)、雑賀孫一(さいかまごいち)、大内義長(おおうちよしなが)といった戦国武将も登場します。
不如帰では、戦国時代の習わしがこだわられます。ゲーム内では、打ち負かした戦国武将やその支配国を家臣にできます(5人まで)。当時のゲームとしては独自のシステム(臣従)が導入されました。
けれども、初期設定から能力値が高い戦国武将がいる、金によって兵力を増強するなどといった数の論理だけではない点が、当時それまでの歴史を題材としたシミュレーションゲームとの一番の違いです。
戦国武将の能力値:作戦・戦闘・政治・カリスマは隠され(マスクデータ)、数の論理を知ったうえで戦を仕かけることや家臣にする選択ができません。戦闘(野戦)場面では赤色の士気メーターが導入され、敵兵の数が多くても敵の士気値が低ければ勝利することが可能になっています。
士気の増減の割合は、戦闘前に決定する4つの陣形:突撃・挟み撃ち・包囲・奇襲と、戦闘中の5つの行動指示(コマンド):見守る・後詰・鉄砲・意見・退却が大きくかかわります。そして官位も導入され、謀反を押さえる道具として使用することができます(現在の京都府南部にあたる山城国支配時のみ)。
不如帰では4人の戦国武将(武田信玄・上杉謙信・毛利元就・織田信長)を登場させた映画のようなオープニングが制作されるなど、細部にわたってこだわりがなされました。
同作の監督を務めた岡野修身(おかのおさみ)は小学生のときに出会ったボートゲームのウォー・シミュレーションゲームを自身の仕事の原点と述べています。そして高校生になって読んだ吉川英治【三国志】で歴史・時代小説に目覚め、次に読んだ司馬遼太郎【国盗り物語】以降、司馬遼太郎の愛読者となっています(岡野修身ブログより)。
岡野修身はのちに、リアルタイム戦国シミュレーションゲーム【1552天下大乱】(1993年〔アスク講談社〕・PCエンジン)、歴史シミュレーションゲーム【戦国Spirits】シリーズ(2010年〔タスケ〕・ニンテンドーDS)などを生み出すことになります。
1988年には、人気お笑い芸人ビートたけしの名を冠した【たけしの戦国風雲児】(1988年〔タイトー〕)も発売されます。現代を舞台にしたアクション・アドベンチャーゲーム【たけしの挑戦状】(1985年〔タイトー〕)に次ぎました。
たけしの戦国風雲児は4人プレーが可能で、戦国時代から江戸時代をないまぜにした日本が舞台のすごろく形式となっています。5つのゲーム(日本縦断ゲーム・仕官ゲーム・大名ゲーム・統一ゲーム・商人ゲーム)が楽しめます。
そのうち日本縦断ゲームでは、北海道を起点に、網走城、青森城、おおた城、ういろう城、よしもと城、広島城、徳島城、そして九州にあるたけし城を目指します。
ゲーム内では剣術対決もあり、刀カードの入手次第でたけみつ、こしひかり、まさむね、ぞーりんげんの架空の日本刀が使用できます。
1988年は、子どもに人気の時代劇の題材もファミコンになりました。
ゲームジャンルは、ロールプレイングゲーム(RPG)の方法が採られます。ファミコン初のオリジナルRPGとなった【ドラゴンクエスト】(1986年〔エニックス〕)の大ヒットによって広く普及した、プレイヤーが仲間を伴って旅に出るジャンルです。同ゲームのパロディ版とも言える和風ファンタジーPRG【桃太郎伝説】(1987年〔ハドソン〕)も発売されます。
RPG【真田十勇士】(1988年〔ケムコ〕)は、大正時代に創作され子どもを中心に大人気となった書き講談(*講談風に書かれた読み物)が原典です。数年前にNHK総合テレビ【真田太平記】(原作・池波正太郎)が放送されていました(1985~1986年)。
プレイヤーは真田幸村となって十勇士を集め、徳川家康の打倒を目指します。信濃国(現在の長野県)の居城・上田城を起点とし、敵の待つ三河国(現在の愛知県東半部)が終着点です。
その翌年も、子どもに人気の時代劇の題材がファミコンになります。
RPG【里見八犬伝】(1989年〔アルファ電子〕開発・〔SNK〕発売)が発売されます。江戸時代後期、曲亭馬琴(滝沢馬琴)によって書かれた読本【南総里見八犬伝】が原典です。数年前に、当時配給収入1位を記録した同名の映画が公開されていました(1983年)。
プレイヤーは犬塚信乃(いぬづかしの:孝の珠を持つ)となり、自身と同じ珠(仁・義・礼・智・忠・信・悌)を持つ7人の仲間(八犬士)を探します(*ただしゲームの都合で仲間は4人まで)。
肥後国(現在の熊本県)を起点とし、北は陸奥国(現在の青森県・岩手県・宮城県・福島県・秋田県北東部)まで移動し、敵である妖怪・玉梓(たまずさ:人々が憎しみ合う心の塊)が巣食う安房国(現在の千葉県南部)にある里見城を目指します。
主人公にとって最強の武器は、原典同様に犬塚信乃の使用刀で不思議な力を持つ村雨となっています。
同ゲーム発売の同年には、映画【里見八犬伝】の原作・鎌田敏夫の小説に基づくRPG【新里見八犬伝 光と闇の戦い】(1989年〔マイクロニクス〕開発・〔東映動画〕発売)もファミコンソフトとして発売されています。
こちらではプレイヤーは八犬士から任意の1人を選び、自身と同じ珠を持つ7人の仲間を探し、玉梓率いる闇一族の打倒を目指します。仲間には静姫(しずひめ:里見家の姫)も加わることができ、再大9人による移動ともなっています。ゲームの舞台は関東(現在の茨城県、栃木県・群馬県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県)一円です。
信長の野望の開発メーカーは、パソコンゲーム【維新の嵐】(1988年〔光栄〕・PC-9801版他)を発売します。プレイヤーは小栗忠順(佐幕派)・坂本龍馬(公儀派)・西郷隆盛(尊皇派)など3派いずれかの幕末の人物となり、明治維新を目指します。
その翌年、ファミコンにも坂本龍馬が登場します。アドベンチャーゲーム&シミュレーションゲーム【明治維新】(1989年〔ユース〕)です。
第1部では坂本龍馬が土佐国(現在の高知県)から江戸(現在の東京都区部中央部)に出るまでが描かれ、第2部は江戸城の開城までです。史実では江戸城の開城は坂本龍馬没後の翌年に行われており、歴史のif(もしも)を楽しむことができるゲームでした。
前半はアドベンチャーゲーム、後半はシミュレーションゲームという二つのジャンルの折衷がなされています。
パソコンゲーム【ポートピア連続殺人事件】(1983年〔エニックス〕・PC-8801版他)が、「ファミリーコンピュータ初のアドベンチャーゲーム」を謳い文句にファミコンに移植されて以降(1985年)、ファミコンにもアドベンチャー(冒険)ゲームが浸透します。
そんなファミコンアドベンチャーゲームの和風作に、【御存知弥次喜多珍道中】(1989年〔HAL研究所〕)があります。パソコンゲーム【ずっこけやじきた隠密道中】(1987年〔HAL研究所〕・MSX-2)の発展作です。
御存知弥次喜多珍道中は、江戸時代後期に書かれた十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の滑稽本【東海道中膝栗毛】(とうかいどうちゅうひざくりげ)が原典です。ゲームでは滑稽本の主人公・弥次郎兵衛と喜多八と同様に、江戸から東海道五十三次を通って伊勢が目指されます。
原作・シナリオはかわむらかつひこ・たけだあきひろ・にしかわじゅんです。プレイヤーは婚約者とのけんかをきっかけに伊勢に向かうことにしたやじさんとその相棒きたさんとなり、道中で巻き起る様々な事件を解決して行きます。
2人は熱田神宮で、怨霊となった織田信長と遭遇します。ひょんなことから入手した三種の神器のひとつ・草薙剣(くさなぎのつるぎ)を手に織田信長に立ち向かうことになります。
同作は、制作会社にとって【殺意の階層 ソフトハウス連続殺人事】と【メタルスレイダーグローリー】とのアドベンチャーゲーム3部作です。3部作の共同プロデューサー・岩田聡は、のちに【星のカービィ】シリーズや【MOTHER2 ギーグの逆襲】のプロデュース、【ポケモンスタジアム】の共同プロデュースなどを手がけ任天堂の社長となります(2002年)。
アメリカで、俳優ショー・コスギ主演による西洋人向けの忍者映画が大いに人気となります(1981~1986年)。日本のゲーム業界も大いにその影響を受け、海外での同時発表を前提としていた業務用ゲーム機(アーケードゲーム)では、外国人から見た忍者を題材としたゲームが量産されていきます(1987年以降)。
そして、ファミコンでもその流れが始まります。
その端緒となったのが、アクションPRG【将軍】(1988年〔ヘクト〕)です。表題は三船敏郎と島田陽子も出演したアメリカのテレビドラマ【将軍 SHOGUN】(1980年)と類似します。義寅長(関東地方の大名)、石道和義(大阪城の君主)、奥羽正宗(東北のあばれ大名)など変わった戦国大名が登場します。
同ゲームは、プレイヤーは戦国大名や武士を含む様々な職業40人(奥方、僧侶、農民、外国人など)のなかから1人を選び、将軍を目指します。プレイヤーは将軍になるために20人の家来集め、3本の巻き物の入手に取り組みます。
翌年、忍者を操作するアクションゲーム【忍者COP サイゾウ】(1989年〔九娯貿易〕)が発売されます。プレイヤーはニューヨークで生きる忍者刑事コグレサイゾウとなり、誘拐された息子サスケを含む子どもたちの救出に挑みます。敵はスラムキクチ率いる謎の悪の組織で、コグレサイゾウは日本刀、手裏剣、忍術を駆使して戦います。
同ゲームの海外版は、人気のアメリカン・コミックスの悪役キャラクター名・ブラックマンタを取り入れた【Wrath of the Black Manta】の表題(ブラックマンタの怒り)で発売されました。
ファミコン誕生から5年後の1988年、6年後の1989年は、家庭用ゲームに様々なジャンルの和風ゲームが続出した記念の年でした。