京都府京都市右京区の、世界的に有名な観光地である京都・嵐山から徒歩圏内に、「愛宕神社」(あたごじんじゃ)の門前町として栄えた嵯峨鳥居本(さがとりいもと)があります。レトロで静かな嵯峨鳥居本は、あまり知られていない京都の穴場観光スポット。嵯峨鳥居本と愛宕神社について、詳しくご紹介します。
門前町嵯峨鳥居本の特徴は、農家風の建物と町家風の建物が混在していること。
嵯峨鳥居本はもともと農林業や漁業を営む地として発展し、江戸時代になってから愛宕神社の門前町として栄えたため、坂を上るにつれて農家風の建物が多く目に入ってきます。
門前町嵯峨鳥居本の魅力は、異なる家屋のコントラストと美しい自然との調和。愛宕神社の門前町や農村としても発展してきた嵯峨鳥居本には、かやぶき屋根の農家風民家とかわら屋根の町家風民家が今も共存しています。
春には桜、夏には新緑、秋には紅葉、冬には雪景色など季節によって町の雰囲気が様々に変わるのも魅力です。
門前町嵯峨鳥居本の見どころは、「平野屋」や「鮎の宿つたや」、「祇王寺」(ぎおうじ)、化野念仏寺など。
平野屋は、愛宕街道の古道で営まれている鮎問屋兼茶店で、約400年の歴史を誇り、当時から愛される「志んこ」(しんこ:米粉で手作りされているだんご)が名物。母屋もほとんど昔のまま残っており、鮎・鯉・あまご・筍・松茸など旬のメニューが味わえます。
愛宕山を訪れたら、鮎の宿つたやも外すことはできません。つたやも平野屋と同じく、およそ400年前から登山する旅人をもてなしてきたお店。風情ある、かやぶき屋根と数寄屋造りの建物をかまえ、春は山菜や稚鮎、夏は天然鮎や賀茂茄子、秋は自家山松茸やすっぽん、冬はふぐや蟹など四季折々の料理を楽しめます。
嵯峨鳥居本の奥にある祇王寺は、真言宗大覚寺派(しんごんしゅうだいかくじは)の仏教寺院。仏壇には本尊大日如来(ほんぞんだいにちにょらい)や「祇王」(ぎおう)、「平清盛」(たいらのきよもり)の木像が鎮座しています。また、草庵の控えの間にある大きな丸窓、「吉野窓」は別名を虹の窓と呼び、季節の色彩を写し出す逸品として有名。
さらに、祇王寺は「平家物語」にも登場する、悲恋の尼寺としても知られています。嵯峨鳥居本では、化野念仏寺も見逃せません。境内にある約8,000の石仏・石塔は、かつて一帯に葬られた故人達を供養するために埋められていた物。毎年8月末に行われる「千灯供養」では1,000以上の無縁仏にろうそくが灯されます。
愛宕神社が創建されたのは781年(天応元年)。平安時代になると山麓周辺の開拓が始まりました。
室町時代末期頃には農林業を営む地として集落が開かれ、江戸時代中期頃になると「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」と言われるほど、愛宕神社への参拝が盛んに。それに伴い、愛宕神社の門前町も賑わいを見せるようになりました。
明治時代に入ると、愛宕街道沿いに観光客向けの町家や茶店などが次々登場。そして、1979年(昭和54年)には国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。
全国900社の総本社である神社が、京都嵯峨鳥居本の愛宕神社。
「火迺要慎」(ひのようじん)と書かれたお札は京都市民にとってなじみ深い存在です。
ここからは、愛宕神社の歴史や魅力、見どころについてご紹介。
愛宕神社は、「伊邪那美命」(いざなみのみこと)・「埴山姫神」(はにやまひめのみこと)・「天熊人命」(あめのくまひとのみこと)・「稚産霊神」(わくむすびのかみ)・「豊受姫命」(とようけびめのみこと)を祀っている神社。
防火・火除けのご利益があるとして、古くから信仰されています。愛宕神社で有名なのは、1,000日分のご利益があるとされる千日詣(せんにちもうで)。毎年7月31日の夜から8月1日の早朝にかけて、多くの参拝客で賑わいます。
また、戦国武将に厚く信仰されていた神社としても有名。かの「本能寺の変」(ほんのうじのへん)の直前、「明智光秀」(あけちみつひで)がここ愛宕神社のおみくじで何度も凶を引いたという逸話が残っています。
さらに京都では、3歳までに愛宕山に参拝をすると火に関する災難に遭遇しないとの言い伝えがあり、子連れで訪れる人も少なくありません。
愛宕神社の魅力は、その道のり。愛宕神社はもともと修験道(しゅげんどう:山へ籠って厳しい修行を行うことで悟りを得ることを目的とする、日本古来の山岳信仰)の道場であったため、道のりは当然ながら険しくなっています。
当時の修行僧の気持ちを体感することができるので、登山好きの方には特におすすめのスポット。一般的な登山ルートを通っても片道2時間はかかり、山頂に近付くにつれて気温も下がるので、軽装での登山はできません。階段を上った先に黒門が見えると、愛宕神社の本堂が姿を現します。
愛宕神社は781年(天応元年)に創建。古くから神仏習合の山岳修業霊場とされてきました。
江戸時代には「勝地院」、「教学院」、「大善院」、「威徳院」、「福寿院」などの「里坊」(さとぼう:山上での修行を終えた僧に与えられた坊舎)があったと言われています。
1929年(昭和4年)〜1944年(昭和19年)にかけては、愛宕神社へ繋がる鉄道やケーブルカーなどの交通手段、ホテルやスキー場などの施設が設けられていましたが、戦時中に撤去。戦後は再び静かな信仰の山に戻りました。
愛宕神社の見どころは、「鉄鳥居」・「本殿」・「月輪寺」(つきのわでら)。
鉄鳥居は文字通り鉄製の鳥居です。愛宕神社に縁深いイノシシの逸話と、本殿の方角が戌亥(いぬい:西北)であることから、鉄鳥居にはイノシシの絵が刻まれています。
鉄鳥居の先に見えてくる本殿に祀られているのは、多くの神を生み出した神様である伊邪那美命。また本殿にも鉄鳥居と同様、イノシシの彫刻が施されています。
月輪寺は、「空也上人」(くうやしょうにん:浄土教・念仏信仰の先駆者)や「法然上人」(ほうねんしょうにん:浄土宗の開祖)など、仏教界の偉人も修行に訪れたことがある寺院です。
かつて「愛宕大権現白雲寺」(あたごだいごんげんはくうんじ)と称された愛宕神社とは創建時より縁が深く、宝物殿には数々の重要文化財を収蔵。月輪寺を訪れるためには、月輪寺参道の参拝ルートを通る必要があります。